住まい・まちづくりの経緯と作法

江戸川区春江町4-3地区の事例から

まちづくり研究所

黒崎 羊二

 


1. 発端

江戸川区のほぼ中心に位置する都営新宿線一之江駅は、昭和61年に開業した。開業前の駅予定地周辺は農地が急激に宅地化したミニ開発地域で、老朽住宅、狭小住宅、接道不良住宅が集積し、区画道路のほとんどが狭あい道路だった。

昭和58年、新駅開設を控え、駅周辺地区の整備を協議する街づくり協議会が発足した。昭和63年に「一之江駅付近地区」地区計画(7ha)が都市計画決定され、それを受けて未利用地部分の区画道路が農家地権者の協力によって整備された。

区画道路の整備が進行するなかで、狭あい道路に接して集積する老朽住宅、狭小住宅、接道不良住宅等の改善が課題として浮上した。そこで住宅事情と住環境の一体的整備を目標としたコミュニティ住環境整備事業(現、密集住宅市街地整備促進事業)の適用が検討された。平成6年事業計画の建設大臣承認を受けている。

これに先立つ平成3年、共同建替え事業第一号の協議が始まり、平成8年に従前権利者21名による共同住宅ステーションフラッツ(32)が竣工した。

2. 共同化適地の絞り込み

大臣承認を受けた上記事業計画は、大幅な人口減少に伴った高齢化と住宅の老朽化が同時進行して住宅改善を妨げていること、住宅更新の停滞が住環境水準をいっそう低下させる悪循環に陥っていることを指摘し、共同建替えを根幹の事業としてコミュニティバランスの回復など地区の再活性化を図るものである。

この共同建替えは、戸建住宅へのこだわりや生活を一変させる事業への不安から現状に固執し、拒否されるのが通例である。また、高齢化や複雑な権利関係、小規模敷地など悪条件が重複している区域は、事業の組立や合意形成も困難なことから共同化の対象から除外される傾向がある。

しかし住宅改善を諦めていた人々でも、共同建替えなどによって現状を改善し、老後の生活安定の可能性が生まれるとなれば、共同建替えを次善の策として受け止め、関心を高めることになる。

また、悪条件が重複して個人の努力だけでは住宅更新がすすまない区域は、密集市街地のなかで整備の必要性が最も高く、密集事業の焦点となる区域である。つまり、従来事業化が困難とされていた区域が最も事業を必要とし、合意の可能性も高いのである。

したがって共同建替えを根幹の事業とする住宅事情と住環境の一体的整備をはかる区域は、[図−1]に示す条件の重複する区域から選定することになる。これを共同化適地としてまちづくり協議を先行的にすすめる区域とする。

平成6年の事業計画策定後にまず取りかかったことは地区内の共同化適地を選定し、個別訪問の中で対象街区を絞り込むことだった。

権利者・居住者の条件と意向を個別に整理し、共同化敷地に適する街区を選び出し、さらにヒアリングを重ね、街区ごとの意向をただした結果、ステーションフラッツと隣接する「4-3地区」を対象街区として選定した。

角丸四角形: 大幅な人口減少地区 

 


テキスト ボックス: 高齢化の進行

地区施設未整備

狭あい道路、接道不良

行き止まり道路

オープンスペース不足

 

テキスト ボックス: 老朽住宅集積
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[図−1] 共同化適地の選定

 


 

角丸四角形: T.住宅事情、住環境、土地利用意向に応じて現状改善の懇談会を開催
(共同化適地の全区域を対象)
角丸四角形: U.共同建替え事業の検討を開始する合意書の調印(事業の仕組み、効果等の検討を開始する)
テキスト ボックス: 建設協議会の
結成
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


角丸四角形: V.事業への参加を確認する合意書の調印(地権者個々に事業参加の形態・範囲を確認する)(この検討の結果、共同化事業への参加・不参加を判断)

 

 

角丸四角形: W.事業協定の締結(事業施行者と地権者間で権利変換と事業委託に関する契約を締結する)
角丸四角形: X.工事着工
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


[図−2] 事業スケジュール


3. 検討合意から建設合意へ

平成6年から始まったまちづくり懇談会はミニ開発特有の狭あい・行き止まり道路、無接道敷地や下水道などの身近な問題を取り上げ、共通する課題を確認した。懇談会開催前後は個別に住宅事情と意向についてヒアリングを行った。

翌年2月第三回懇談会で共同建替えの考え方仕組みを説明し、共同化の検討とその範囲を確認する「共同建替え事業を検討する確認書」の締結を提案した。これは地権者が先行きの見えない事業について主体的な判断根拠を得るための検討で「基本合意」あるいは「試しの検討」とも言う。

事業成立は区域中心の8名の意志決定が前提となるということで、地権者21名の内8名を対象とするグループ懇談会を開くことにした。平成710月までに4回のグループ懇談会を開催する一方、「確認書」の調印と地権者21名を対象とする意向聴取のため個別訪問を三巡りした。

意向確認のなかで事業区域を18名の敷地に絞り、平成83月には11名の「検討合意」の調印を終えた。引き続き平成103月まで7回の懇談会と個別訪問を行い、2名を除く16名の参加合意を確認して建設協議会を設立することになった。

4. 協議経過

(1)建設協議会

平成106月、春江町4-3地区建設協議会が発足した。最終的な事業区域の確定に当たって協議に応じなかった地権者二名の処遇が問題となった。事業の契機ともなった無接道敷地は、近隣の関係に多くの歪みをもたらした。下水道の接続や日常の通行にも問題が起こり、長年の不信感が協議への参加を阻んだのである。事業区域を確定する段階となり、未参加者に対して丁寧に対応し、随時情報を伝えながら接道条件など将来の可能性を配慮して事業をすすめることになった。

しかしこの論議の間に、一名の地権者が参加を取りやめ、さらに相続問題から参加をあきらめる地権者もでた。平成116月、12名の地権者が共同化又は戸建等の参加形態を確認する「事業参加形態の確認書」に署名した。この時点で参加の内訳は共同建替え9名、換地曳き家1名、敷地の整序2名となった。

毎月協議会を開催して事業を検討し、建物のイメージを具体化するために設計事務所の協力を得て地区全体の模型を使ったワークショップ等を行った。ワークショップでは地権者ごとに参加形態を確認し、個々の事情に対する相互理解を深めた。その間、戸建て再建希望者と敷地整形化を協議し、さらに個別の事情変化に対処する施設計画の検討や事業計画の試算が繰り返された。

平成125月、共同事業の検討を中心課題とする共同化部会を関係地権者9名で設立した。

協議会・共同化部会の事業検討の中で、従後の土地の位置・形状・面積について地権者間で合意した「土地の基本協定(案」」について確認し、次いで最終的な共同建替え事業区域を決定するため、平成133月には「事業参加形態の確認書」に署名した地権者は15(共同化9、敷地整形化6)名となった。その結果、地区全体の整備計画が協議会で確認された。

平成133月、区は密集事業により建物を買収・除却するための調査を実施した。

(2)共同住宅建設組合

共同化部会は平成139月共同建替え事業の事業施行者として名称を「共同住宅建設組合」に変更した。平成1312月には基本設計、平成142月には実施設計契約を締結した。その後、土地の基本協定書に押印し、共同建替え事業の敷地が確定した。

平成147月、共同化参加者は仮住居に転出し、従前住宅が除却された。この前後に事業協力者としての工事施工会社数社からの企画書提出を求め、ヒアリングの後、事業協力者を決定した。その後開発許可申請を経て、平成1412月には建築確認申請手続きが終了している。

この間、平成152月の工事着工を目前にし、私道を付け替え、敷地整序を行う周辺地権者との調整がすすめられた。

5. 事業の仕組み

(1)事業方式

共同建替え事業は、江戸川区が施行する一之江駅付近地区密集住宅市街地整備促進事業に基づく老朽建築物等除却及び区画道路の整備と一体化してを行う民間事業である。また、密集事業建替え促進事業及び優良建築物等整備事業の補助対象となっている。

事業費は上記補助金及び補償金の外、保留床の分譲及び従前権利者の床買増金を収入金としている。従前権利者は、従前土地評価価格に密集事業の老朽建築物等除却による建物補償費を加えて従前資産価格とし、これと等価格の床を権利床として取得する。

その他、貸付金として住宅金融公庫の「都市居住再生融資」及び「江戸川区移転資金貸付」を利用している。

(2)土地・建物の権利形態と税務処理

従前権利形態は、共同建替えがAAA5人、AAC4人、戸建敷地整形化がAAA9人、その他にAOO1(空地、江戸川区)である。事業施行後は土地を一筆にして共有し、隣接する私道の権利の一部も共同化地権者が共有する。

税務処理に関しては@「法律の規定に基づかない区画形質の変更に伴う交換分合」(所得税法基本通達33-6-6)A「居住用財産の譲渡所得の特別控除」(租税特別措置法35)B「既成市街地内にある土地等の中高層耐火建築物等の建設のための買い換え等の場合の課税の特例」(租税特別措置法36-6)の適用を予定している。

(3)管理運営計画

共同住宅完成後は、地権者住戸12戸、地権者事務所1区画、参加組合員2戸、第三者分譲5戸の構成となる。区分所有者全員で管理組合を組織し、管理を行う。日常の管理については可能な範囲で居住者間で協力しながら行うことで検討中である。


年表

密集住宅市街地整備促進事業等

春江町4-3地区共同建替え事業

S58

05

一之江付近地区街づくり協議会発足

H06

 

まちづくりミニ懇談会(3回)/現状認識の共有

S61

09

都営新宿線一之江駅開業

H07

 

グループ懇談会(4回)/個別意向の聴取

/事業区域の検討

S63

01

「一之江駅付近地区」地区計画

都市計画決定(7ha)/地区整備計画(1.7ha)

H08

03

検討開始合意締結(11世帯)

懇談会(2回)

H03

07

共同住宅ステーションフラッツ協議開始

H09

 

懇談会(2回)

H04

06

地区計画変更

地区整備計画区域の拡張(3.5ha)

H10

 

04

懇談会(4回)建設参加合意締結(16世帯)

建設協議会発足(7回)

H04

 

まちづくり懇談会/対象7ha/開催7回

H11

 

06

協議会(11回)1名退会、1名相続発生

共同建替事業参加形態確認書調印

H05

03

コミュニティ住環境整備事業(5.9ha)大臣承認

H12

 

協議会(8回)共同化部会(8回)

権利変換、土地基本協定等の検討

参加形態確認(共同化9、存置6、不参加3

H08

04

共同住宅ステーションフラッツ工事竣工(32戸)

従前権利者21名

H13

 

共同化部会(12回)/建物調査実施

施設基本設計・住戸位置決め・実施設計

H08

09

区画道路1・2号線一部拡幅

H14

 

07

共同住宅建設組合(12)/土地基本協定締結

仮住居移転、従前住宅除却

存置・敷地整序権利者との調整

H14

 

密集住宅市街地整備促進事業計画見直し

H15

02

工事着工(共同化9、戸建敷地整形化9