都市住宅国際協力研究会議事録

日時:2004年6月28日(月)19:00〜21:00
テーマ:フィリピン共和国における国際居住年記念賞受賞者の活動現況調査報告
報告者:大月敏雄氏(東京理科大学建築学科助教授)
場所:東京都立大学同窓会 八雲クラブ ニュー渋谷コーポラス1001号室
出席者:海老塚 良吉、坂田 泉、岩井 功、戸田みのり、新田目 夏実、渡部 霞、太田 麻希子、矢部 真知子、福木 聡、坂 千枝、山本 耕司、浪辺 妙子、森岡 久、大垣俊朗、石賀 健、勝鶴田 伸介、塩月 えり
                       記録:太田 麻希子

T.報告
過去の国際居住年記念基金記念賞の受賞者(フィリピン共和国)のその後の調査報告。
レジュメとスライドを用い、現在のフィリピンの住宅問題と低所得者向け住宅政策を概観した上で、各組織の具体的な活動について事例を取り上げて下記のように報告。

1.本調査のねらい

過去の国際居住年記念基金記念賞の受賞者のその後の10年について視察。

■調査の概要

受賞者

・アニシタ・アビオン:最貧困層支援・住環境開発センター(CHHED)代表
・ウィリアム・J・キース:Freedom to Build(公益建設会社)代表
ミドル・ロー・クラス中心にハウジング活動を支援する。
・フランシスコ・フェルナンデス:セブ市が本部。パグタンバヤヨン財団代表。
CMP(コミュニティの団結が担保)を活用した低所得者層のための住宅供給支援を展開。
2.フィリピンにおける低所得者層の住宅問題
フィリピンでは、スペイン支配期からの大土地所有制が残存しているため、
スクォッターはほぼ当たり前の状況になっており、
メトロマニラの住民の3分の1がスクォッターと言われている。

■フィリピンにおける住宅政策

概要
1986年に発足したアキノ政権以降、一時期流行したサイト・アンド・サービス
(インフラが整備された土地をあたえ、上ものは自分たちで建てるという方式)から、
民活・政策のソフト化路線が進み、住宅金融施策を中心に市場を通じた持ち家の促進に移行。
現地の人々のあいだに、公に家賃を払うという感覚が根づいていないため、
低所得者向賃貸住宅事業よりも、民間やNGOのハウジングに力をいれ、底上げしている印象がある。
ここ10年はCMP(コミュニティ抵当事業/Community Mortgage Program)中心に動いてきた。

※コミュニティ抵当事業…コミュニティの結束力そのものを担保とする公的融資制度。
フィリピンでは住宅金融は年金制度と直結したシステムがあり、各々の加入者に対して
長期低利の住宅用融資を提供しているが、基本的に定職を持つフォーマル・セクターの人のみが対象者。
インフォーマル・セクター従事者が多いスクォッターの人々に提供される住宅金融制度は、CMP制度のみである。

3.Freedom to Build

■来歴
元イエズス会神父のアメリカ人、ウィリアム・J・キース氏によって都市貧困層の住宅ニーズを満たすことを目的に設立された。
利益率を一定に抑えることで政府に税金の優遇措置を受けた公益建設会社として登録。

■デラコスタ・プロジェクト
・現在までにマニラ郊外を中心に5ヶ所、約7000戸を供給。
・対象は所得階層で下位35%〜60%。
・敷地に基本的なインフラを整備。
・簡単なコア(壁・屋根・床・水廻り)のみの住戸を建設した状態で販売される。
・「COVENANT(契約条項、売買契約と同時に締結される建築協定)」によって建築ルールを守った上で、増築や改装を加えながら
住環境を改善していこうというコンセプト。
・重要なのは、約20年間同じタイプの住宅を生産し続けている点。
 
全体概要

マニラ首都圏でデラコスタ・プロジェクトで供給されるようなテラスハウス型の同規模の住宅の分譲価格は67万ペソ(1ペソは約2円)。同プロジェクトの住宅価格は215,000ペソ。
Non-Stock,Non-Proftの企業体として政府に登録し、ボランティアベースの運営。
F to Bがターゲットにしているのは、月収8000から12000ペソのクラス。
それ以下の収入階位は、古いアパートを賃貸するか、スクウォッターである。
このクラスはフィリピン全体で見たら中間所得階層だが、マニラ首都圏で見るとそれより下位の低所得層。
→メトロマニラの収入第二階位に属する貧困層を対象としている。
住宅ローン制度はPag-ibig(タガログで「愛」)という機関が運営する年金制度の一種。
その一つとして、Mortgage(抵当融資)プログラムがある。
入居者は、Pag-ibigのメンバーであることが条件。

デラコスタ5

ケソン市とマニラ市の境界に現在建設中、7年前に150ペソ/uで購入。
このプロジェクトからPCパネルを導入。
生産性の効率化と入居後のコミュニティ形成のために社会階層を限定するため、20uタイプのみを供給。
使用されるPCパネルもブロックも現場で生産され、専属の建設労働者が敷地内に住まいながら働く(雇用の確保)。
敷地には緑地や、スカベンジャーの子供たちのための教育施設などがあり、住民からの寄付でチャペルも建設されている。
住宅のほとんどがSELF-BUILDで、その後も増築を繰り返す世帯が多い。
中には、周囲に親族を住まわせている世帯もある。
規約違反を抑制するため、街の中に違反者の名前を載せた看板が立てられている。


4.CHHED
CHHED(Center for Housing and Human Ecology Development):1990年の国際居住年記念賞
アニシタ・アビオン氏(代表)
・カトリック教会のシスター⇒「シスター・アニー」
・長年フィリピンにおける最貧困層の居住権確保のための活動に携わる。
・他の2箇所と比較して、組織的形態を備えておらず、個人的努力が主たる原動力。
 何をやるかが先にあり、その後適切な事業形態を住民と共に選んでいく。
・スクォッター問題を中心テーマとするテレビ番組にレギュラー出演しておりその活動はメディアを通じて有名。

■AZAI MULTIPLE-PURPOSE COOPERATIVE(AMPC)

AMPCの概略

生活協同組合という組織形態を用いて土地の取得と住環境改善を行う。
メトロマニラ東部のアンティポロ市内に位置する。
幹線道路を東に行くと丘陵地帯、その道路の両側一帯のほとんどがスクォッター。
1970年代半ばには全体で100世帯も住んでいなかったが、80年代初頭に急激にスクォッターが増え始めた。89年ごろに地区のリーダーがCMPのオリジネーターとして有名だったシスター・アニーに会いに行く。
⇒この土地が弁護士であり不動産事業者であるスペイン人地主の所有だと判明。
⇒土地のオーナーに払い下げ交渉を始める。
 2000年、年利12%で5年間で土地の払い下げが契約される。

払い下げの条件:当地区全13地区のそれぞれにHOA(Homeowners Association/住民組合)をつくり、個々の住民がHOAの口座に返済金を払い込み、HOA代表がそれを地主に払い込む。
⇒HOAリーダーが払い込まないなど、問題が生じる。

1999年9月 AZAI MULTIPLE-PURPOSE COOPERATIVE(AMP)結成
・政府のコープ開発局に登録。貧困層を対象に収入の向上、地代返済を可能にする。
・地代を払うのが困難な場合、生協の会員に。
 ⇒コミュニティ内で買い物をする際に点引き⇒貯蓄⇒地主へ
・土地の買取を生協の活動の一つにしている。
・現在この手法で地代を払っているのは25%。

■Brotherhood of Urban Poor(BUP)

概要
メトロマニラの東端、マリキナ市内に位置する。
不法占拠者43世帯が、CHHEDの協力を得てシンジケートと呼ばれる組織と10年間渡り合い、CMPで土地を取得し、集団でハウジングを行っている事例。

シンジケート
集団的な不法占拠という手段を用いて荒稼ぎしているケースが一般的な現象。
シンジケートに雇われた「プロのスクォッター」を空き地に住まわせ、事情を知らない不法占拠者が一定度数移住してきた後、自分の土地であると偽り、善意の不法占拠者から土地購入金を受け取り、雇われた不法占拠者とともに雲隠れするという詐欺行為を繰り返す。ボスの多くが社会的立場のある人々であることも問題。

⇒当地区でも、善意の不法占拠者がある程度増え、100世帯を超える
 ようになったとき、土地のオーナーだという人(シンジケート)から
 強制撤去の勧告を受ける。→地区のリーダーがCHHEDに相談。

・土地のオーナーはシンジケートの人ではなく、CHHEDの顧問弁護士の顧客の一人。
・本当の被害者(善意の不法占拠者)は46世帯で残りはプロのスクォッター。
・シンジケートのリーダーはインド人で市長の片腕、社会福祉担当の市職員。
・市会議員に現況を訴え、結果、市長はリーダーを解雇(Sir.アニーが有名だから)

事業内容
・100世帯のうち46世帯が対象となったので、オンサイト・プロジェクト。
・4000u程度の全体の土地のうち、道路に面したところを売り地とし、
 引き込み道路(幅6m)を取り付けて旗竿敷地となった約2000uを住宅建設地に。
・道路建設地はコミュニティで負担し、維持管理のため、市に寄付する。
・道路沿いの敷地は10000ペソ/uで売る予定(市に編入されたので地価は当初の二倍)
 再スラム化を防ぐためオーナーからバナナの木を与えられ、管理。

CHHEDの技術者とコミュニティのグループが話し合い、どのような開発がしたいか話し合う。
・市がコミュニティに提示した価格は2500ペソ/u
・CMP事業なので土地の購入者はコミュニティ。
・土地購入資金はNHAのローンで12%/年(500万ペソ)
・現時点で土地の権利はNHAが持っている。
→書類作成に857ペソ(500ペソはコミュニティで集め、残りはCHHEDが負担)
 CMPの書類は50種類以上あり、CHHEDの事務所のコピーを利用して経費削減。
・住宅建設はCHHEDの支援を受けながら個人の負担で行う。
・CMP事業はコミュニティで許可申請。
・コミュニティで話し合いの結果、長屋型の建築形態(22〜36u)

5.Pagtambayayong Foundation

■財団の概要
パグタンバヤヨン(セブ語で「相互扶助」)財団
1982年、フランシスコ・フェルナンデス氏(CMP事業の創設者の一人)によって設立される。主として不法占拠者を対象に低価格住宅および住宅地の供給を行う財団。

CMP事業が主たる事業
スペイン統治時代の大土地所有制→フィリピンの不法占拠問題の根本
⇒この問題を住民の立場から少しでも変えていこうというのがCMP事業の動機。
物的担保をとらない信用貸付(コミュニティの団結が担保)で不法占拠者が土地を買い取る。
⇒アキノ政権のときにCMP制度化
 土地問題は根本的に解決していないが、1992年の大統領宣言によって
 政府所有の土地に不法占拠している人々は、取得可能な価格で買うことができるようになる。
 ⇒CMP制度実現

2003年の財団資料
⇒2002年10月までにCMP事業だけで138プロジェクト、9756名に土地取得を支援。
 一般セブ市民に、この財団はリーズナブルな住宅を供給する組織として知られる。

・基本的にオンサイトプロジェクト
 *民間所有地で価格が高い場合、既に政府の事業計画がある場合、
  高密居住のために新たにハウジングを行う空間的余裕がない場合などの時は
  オフサイト・プロジェクトとなる。
  ⇒この場合、再定住適地を探し、スターターハウスを建設して居住開始。

スターターハウス:FtoBにおいて行われているコアハウジングの
         最初の段階で建設される住宅の名称。
         コンクリートブロック長屋建てで、最初の面積が20u。
         FtoBとは、柱梁に現場打ちのRCを用いていること
         はじめから2階部分がつくられている点が異なる。
・敷地は平均32u。建物本体の価格は20000−30000ペソ程度。
・CMP事業を用いたときの返済条件は年利9%、25年返済で月々190ペソ程度の支払い。
 (セブ市の平均的庶民階層の収入は1000−13000ペソ/月、貧困層のラインは7000ペソ/月)
・財団の住宅・土地ローンに対する貸付残高は約1億ペソ、返済率は平均80%。
・年間約100万ペソは財団への寄付金でまかなっている。

他の10のNGOやHOAと一緒にAliance of Housing and Livelihoodという連盟をつくる。
⇒CMPを用いて住宅建設を行った家を対象に、学生用に一間貸しするための基金をつくる。

6.トンド地区およびTAO−PILIPINASの活動
新たなハウジングの活動の芽を探ることも目的。
⇒トンド地区で活動する若手女性建築家中心のNGO活動を見聞する。

■現在のトンドの様子
スモーキーマウンテンの跡地再開発⇒ゴミの集積機能はケソン市のバヤタスへ。
スモーキーマウンテンは地中のメタンガスのため放置され、
現在では草の生えるただの丘になっており、立ち入り禁止。
海岸沿いの大通りには、日本の技術援助で建設されたNHAの賃貸住宅(戸数主義になる)
その反対側には、スモーキーマウンテン再開発のための仮説住宅が並んでいる。⇒再スラム化

■タオの組織
・5人の若手女性建築家がつくる居住支援NGO。
・学生時代からのボランティア活動を継続。
・前述の三名は建築家ではなく社会改良家であったが、
 タオは建築家というプロフェッションを活かしながら居住改善分野で活動。
 ⇒地区開発計画案、設計、土地調査、地図作成、地区計画
  建築設計、建築監督、調査、情報普及、ネットワークづくり、政策提言等。

■タオのパローラ地区改善事業
・パシッグ川河口の港湾局が管理する土地でトンド地区に接する。
・港湾局の土地に大量の人々が高密居住。主として港湾労働者。
・政府の企図するパシッグ川流域回復事業の対象地⇒強制撤去の対象。
 ⇒港湾労働者なので港湾近くに住まわざるを得ず、根本的な問題解決にはならない。
 ⇒パローラ地区一帯の持続的居住が可能な再開発計画

・2001年、当地区の将来計画を描くワークショップが行われる。
 →集まった住民はすべての地区を代表したものではなかった。
・2002年に再びワークショップが設定される:組織内部の問題のために延期。

⇒この間、タオでは開発計画案として設計初期スタディとUPAへの二つの追加開発案作成。
 17.52haの中に1万世帯弱を入れる高密度(約500世帯/ha)の居住計画。
 オンサイト開発により最小限の立ち退き、最大限の保留を原則として計画される。
 ⇒提案型の組織。港湾局などさまざまな団体と連携しながら、計画実現に向けて準備中。
・建築家がコミュニティの中に分け入り、そこを社会的に調査した上で住民参加の上で
 プランを提案し、実現のための関係各所と渡り合う、という全く新しいタイプのNGO組織。


U.質疑応答
Q.CMP事業について。住民は不法占拠者で土地を持っていないが、コミュニティの結束を担保にするとはどういうことか。
A.「コミュニティの結束が担保」とは理念的なもの。実際は、NGOのオリジネーターがそのコミュニティの活動状況(どれだけ土地取得のための貯蓄活動をしているのか、等)を調べたうえで、合格すればそのコミュニティの連帯責任で、土地取得のための融資を受けられるというシステム。地主の合意が必要。返済率は現在90%にのぼると言われているが、NGOワーカーが自分の担当するコミュニティの成績を上げるために、払えなくなった住民に金を貸すケースもある。

Q.今回の発表で紹介された事例のような家を購入する人々の年収はどのくらいなのか。A.FtoBの場合、フィリピン全体の所得ランクでいうとCの平均年収96000ペソの層がターゲット。全国で言うと、年収10万ペソはミドルクラスにあたるが、FtoBが活動するメトロ・マニラではロー・クラスにあたる。主催者のウィリアム・キース自身は中流階級がターゲットと言っているが、マニラではロー・クラスと言っても良い。このクラスにあたる人々は、いわゆる「インフォーマル・セクター」に従事しており、定職がないため、政府の住宅融資融資は受けられない現状である。

Q.手に入れた家を増築し、転売する人たちは、一般にコミュニティの住民に転売するのか。それとも不動産経由で転売するのか。
A.人づてで不動産情報を得て転売する。住民組合は一切関与していない。

Q.下水・上水の整備はどこがやっているのか。
A.FtoBの場合はもともと備わっているが、他はコミュニティの活動いかんである。その地区の議員に頼んで整備してもらうコミュニティもある。

Q.パキスタンのオランギ・パイロット・プロジェクトのように、HabitatやNGOの支援を受け、住民の自助努力により、下水などのインフラをつくり居住地を整備していくような事業はフィリピンでも適用できるのか。
A.現在は土地を購入するのに精一杯の現状である。
                                  以上