マレーシアにおける都市住宅政策の特質とその成立要因

 

名城大学 都市情報学部

助教授 福島 茂

 

1.はじめに

  1980年代以降、国連機関は途上国の住宅政策のあり方として、政府は民間部門の住宅供給を支援する制度環境づくりに重点を置くべきという「エネーブリング戦略(enabling strategy)」を提唱している。マレーシアでは1980年代初頭から他のアジア発展途上国に先駆けて民間部門による低コスト住宅の供給を政策的に誘導し、大規模な低コスト住宅の供給を果たしてきた。一方、1980年代後半以降の膨大な対内直接投資の拡大は、マレーシアに急速な産業化と経済成長をもたらし、新興工業経済へと移行させた。住宅政策も福祉型の住宅政策を再び強化し始めている。本稿では、現代マレーシアにおける都市住宅政策の特質と政策的枠組みを概観すると共に、民活型住宅政策の約15年間にわたる政策展開とその成立要因を示したい。

 

2.都市住宅政策の特質と政策的背景

@民族格差・地域格差の是正と住宅政策

マレーシアにおける住宅政策の目標は全ての国民に適切な住宅と良好な住環境・公共サービスを提供することであり、低所得者の住宅事情の向上を通じた社会の安定化や国民統合を上位目標に置いている。1971年に施行された新経済政策(197190)以降、マレー系(厳密にはブミプトラ)の社会経済的地位の向上による民族間格差や地域間格差の是正が社会経済政策の重要課題となっている1)。第二次長期計画(OPP219912000)においてもこの基本方針は継承されている。社会経済政策のこうした基本方針が住宅政策の枠組みをかたちづくってきたといえる。マレーシア計画(Malaysia Plan: 国家開発5ヶ年計画)においては、第2次計画(1971-75)以降、農村部における土地・住宅開発と都市部における低コスト住宅開発が重視されてきた。前者はマレー系の基盤である農村の社会経済開発であり、後者は新経済政策のもとで急速に向都化していくマレー系のための住宅事情の改善という政策課題に対応したものである。マレーシアの住宅政策が掲げる「持ち家化による民主主義(Home-Ownership Democracy)」も国民統合と社会の安定化に向けての政策手段であった(福島1991,pp.69)。

A低コスト住宅供給への民間活力導入

マレーシアの都市住宅政策の重要な特質は低コスト住宅の供給のために民間活力を導入した点にある。1981年に首相の座についたマハティールは、第4次計画(1981-85)の中間見直し(1983)において、「マレーシア株式会社構想(Malaysia Incorporated)」 と「民営化(Privatization)」 という今日の住宅政策にも大きな影響を及す二つの概念を導入した。住宅分野においても「民活による低コスト住宅供給」という新しいアプローチが採択されることになる。住宅政策への民間活力の導入は単に新古典派経済学派の隆盛とその影響というだけでは説明できない。民間による低コスト住宅供給の義務付けのメカニズムそれ自体がマレーシアの社会政治構造に合致したところが大きい。民活型住宅政策の基礎となったのが内部補助(cross-subsidy)という概念である。これは低コスト住宅の開発に伴う低収益性や損失を中〜高コスト住宅や商業床の開発益で補填させることで事業採算をとる方式である。すなわち、中〜高所得階層向けの住宅が本来よりも高い価格で売買される住宅市場が形成されることで、低所得階層(多くは農村から転入してきたマレー系の新都市低所得者層)が割安な行政指導価格で住宅を取得できることを意味する。マレーシアの民活型住宅政策とは公共の市場介入を通じて住宅(資産)を再配分する試みであり、新経済政策の枠組みに沿うものであった(福島1991, pp.69-70)

B社会経済発展のもとでの住宅の質的向上と社会福祉の充実を目指した住宅政策

社会経済発展に伴い、量的充足だけでなく住宅の質的向上が重要な政策目標となっている。OPP2ではマレーシアが2020年に先進国入りすることを目指しており、先進国に相応しい住環境づくりに向けての長期戦略が住宅政策に組み込まれている。第7次計画(1996-2000)では、低コスト住宅の供給目標量を上回る規模の低中コスト住宅の供給目標を新たに設定している。また、都市貧困層の住宅事情の改善を目指して、連邦政府は従来以上に公営住宅の建設を支援することを計画している。クアラルンプールでは、2005年までにスクォッター問題を解消するために、連邦政府の全額補助で公営住宅の建設(スクォッター地区の公営再開発)が開始されている。第5次・第6次計画期間中は民間低コスト住宅開発や公営住宅の民営化など民間部門の貢献が強調されてきたが、第7次計画においては、これに加えて貧困層の住宅問題解決に向けた公的支援が強化されることになった。

 

3.住宅政策機構と政策的枠組み

@住宅政策機構と政策実施体制

マレーシアにおける住宅政策の立案とその政策実施は、連邦政府の住宅・地方自治省、州政府、地方自治体という三段階の行政機構のなかで実現される。住宅・地方自治省の主な役割は、@住宅政策指針や住宅基準の策定、A公営住宅の建設資金融資や補助、B住宅金融制度の整備などである。また、民間住宅デベロッパーのライセンス認可や広告・分譲許可、連邦直轄領における公有地における民営化事業決定なども住宅・地方自治省が所轄している。ただし、州レベルで実際に施行される住宅政策は州政府の専権事項であり、住宅・地方自治省が示した政策指針や住宅基準をどうのように受け入れるかは州政府の裁量に委ねられる。地方自治体も州住宅政策に独自の裁量を加味して政策運営を行っている。一方、連邦政府融資を活用して建設される公営住宅については、州政府や地方自治体の政策運営も連邦政府の方針に沿ったものとなる。

A住宅供給システム

  マレーシアにおける住宅供給システムは公共部門と民間部門の二部門から構成される。景気の低迷と高金利によって民間部門の供給が落ち込んだ80年代前半を除けば2)、民間部門は7〜8割前後の住宅供給を担っている。第5次計画(1986-90)以降、公共部門は直接供給の比率を下げ、住宅政策の重点は民間による住宅供給を促進させることに移行した。第6次計画期間中(1991-95)は好景気を背景に民間住宅供給が大きく伸び、公共部門の104,524(15.6)に対して、民間部門は563,221戸、全体の84.4%を供給することになった(Govt. of Malaysia 1996)(表1)

 (i)公共住宅供給システム

公共部門による住宅供給は公共低コスト住宅事業、公務員住宅事業、土地・地域開発事業(農村地域を対象)、経済開発公社事業からなる。州政府や地方自治体の公共低コスト住宅事業は連邦政府の財政投融資を受けて実施されている。州経済開発公社や都市開発公社は独立採算事業として分譲住宅開発を行っているが、民間デベロッパー以上に社会貢献が求められており、低コスト住宅のマレー系枠は民間のそれより大きい。例えば、セランゴール州経済開発公社では、低コスト住宅の70%はマレー系枠となっている。従来は公社も連邦政府からの低利融資を受けて住宅を開発してきたが、近年の民営化後は独自に資金調達を行っている。第6次計画期間中の公共部門内の供給比率をみると、経済開発公社が半数強を占め、公務員住宅が約1/4を占める。公共低コスト住宅(サイト&サービス事業を含む)や土地・地域開発事業は1割強を占めるに止まっている(Govt. of Malaysia 1996)

(ii)民間住宅供給システム

民間部門の住宅供給主体には、民間住宅デベロッパー、住宅組合(コーポラティブ・ソサエティ)、個人(グループを含む)がある。1970年代前半(1971-75)には、個人による建設が約6割を占めたが、その後は1970年代後半の住宅ブームを経て民間デベロッパーが成長し、民間デベロッパーによる住宅供給が主流を占めるようになった。今日では民間住宅デベロッパーが民間住宅供給の大半を担っている。民活型低コスト住宅政策を通じて、民間デベロッパーは住宅開発の一定割合(住宅・地方自治省指針では30%)を低コスト住宅とすることが義務付けられている(4章参照)。マレーシアでは公共と民間とのジョイントベンチャーによる住宅開発も活発である。これは国公有地の民営化開発を指し、民間デベロッパーが国公有地(所有権/長期借地権)を取得したうえで都市・住宅開発を実施し、開発利益を官民で分配する事業方式である。

 

4.民活型低コスト住宅政策のシステムとその展開

(1) 民活型低コスト住宅システム

 民活型低コスト住宅システムは、@低コスト住宅の開発義務付け、Aインセンティブの供与、B需要者支援と住戸配分のコントロールにより構成される。

@低コスト住宅の開発義務付け

民活型住宅政策の実現にあたり、住宅・地方自治省は政策指針を策定し、住宅開発行政の実務を担当する州政府にこれを通達することでその施行を促している。この指針では、一定以上の規模を有する民間住宅開発については住宅戸数の30%以上を低コスト住宅とすることが定められている。低コスト住宅とは25,00042,000リンギ未満の住宅であり(表2)、住戸面積60.4u、3寝室、台所・シャワー・トイレ付きという住宅基準を満足するものである。この住宅基準や上限価格は1998年に改訂されたものである。住戸基準は従前の41.8u(2寝室)から大幅に改善された。上限価格は従前が全国一律の25,000リンギであったのに対し、従後は立地・地価条件によって4段階に区分され、最高42,000リンギまで引き上げられた。現在、クアラルンプールでは42,000リンギ、セランゴール州では42,000リンギ(都市部)と35,000リンギ(郊外)が上限価格となっている。各州政府は住宅・地方自治省の政策指針を尊重しながらも、地域条件に応じた独自の開発指針を有している。地方自治体も州政府の開発指針を独自に改変している場合もある。一部の地方自治体では低コスト住宅の開発義務を減免する場合もあり、その開発指導行政の不透明性も指摘されている。

低コスト住宅の開発義務付けは、住宅開発プロセスにおける許認可等を通じて確認されている。まず、計画段階での低コスト住宅開発の確認は、@地方自治体における開発許可(計画許可・建築許可)の段階でなされる。続いて、A住宅・地方自治省による広告・分譲許可、B地方自治体・州政府による分譲者の決定過程、C地方自治体による住宅適確証明の公布の各段階で開発義務の順守が確認される。仮に、所定の低コスト住宅が開発されない場合は、地方自治体は分譲された中〜高コスト住宅に対して住宅適確証明の公布を遅らせるなどの手段をとっている。住宅・地方自治省や州政府は低コスト住宅の供給を故意に遅らせる悪質な民間デベロッパーをブラックリストに載せ、当該デベロッパーには新事業のライセンスを公布しないなどの対抗措置を採っている。開発義務を順守しない悪質なデベロッパーもあるが、長期的な事業計画をもつデベロッパーや政府とのジョイントベンチャー開発に参入するデベロッパーにとっては行政との信頼関係が大切であり、開発義務は通常順守される。

 

A民間低コスト住宅の供給促進策

民間部門による低コスト住宅の供給を促進させるために、住宅・地方自治省と州政府は事業環境を整備し、インセンティブを導入している。具体的には@優先価格での国公有地の譲渡、A土地開発規準の緩和(インフラ整備水準・開発密度等の緩和)、B開発負担金の軽減、C開発許可手続きの簡略化・迅速化、D民間デベロッパーへの資金繰り融資等である。金融支援については連邦政府による実施が可能であるが、州有地の払い下げ・規制緩和や開発手続きの迅速化・開発負担金の減免などに関する対応は各州の裁量によるもので州ごとに異なる。クアラルンプール市では、公有地の払い下げ・開発負担金の減免・駐車場基準の緩和などをインセンティブとして導入している。一方、 インセンティブを十分に享受できていると認識しているデベロッパーは多くなく、インセンティブの供与については行政と民間の認識に差違が認められるGhani Salleh& Lee Lik Meng, 1997,pp. 63-70

 

B低所得階層の住宅取得の支援

低コスト住宅が政策対象層である低所得世帯に配分されるように、住宅・地方自治省は分譲指針を示している。分譲指針では所得水準が7501,500リンギ/月未満の世帯を低コスト住宅の分譲対象としている。この分譲指針にはマレー系枠が設定されており、デベロッパーは低コスト住宅の3〜4割(都市部)をマレー系に分譲しなければならない3)。当初、地方自治体は低コスト住宅の購入希望者を予め登録させて所得調査などにより適性を確認していたが、その不透明性がかつてより問題になっていた。第7次計画(1996-2000)以降は、州政府が統括して低コスト住宅配分の優先順位を決めることになった。

   連邦政府は低所得者層の住宅取得を支援するために、購入資金の低利融資枠を中央銀行と民間金融機関に設けさせている。融資には優遇金利が導入されており、返済期間の延長(2530年)や頭金比率の軽減(10%)などが図られた。また、連邦政府は新たに勤労者社会保障基金を原資とする住宅資金の貸付けを加入者に対して始めている。マレーシアでは大都市を中心に就業構造がフォーマル化しつつあり、こうした資金活用も低〜中所得階層の住宅取得に貢献している。一方、インフォーマル部門に就業する貧困層は所得証明が難しく、銀行から融資を受けることは容易でない。連邦政府や州政府は低コスト住宅を取得できない貧困層を対象に、公営賃貸住宅の供給拡充や国公有地の払い下げによる特別プログラムを導入しようとしている。クランバレーやその他の主要都市においては都市貧困層の大半は国公有地スクォッター地区に居住している。クアラルンプール市やセランゴール州政府はスクォッターに低コスト住宅を供給することを条件に、民間デベロッパーに国公有地を譲渡し、再開発(民営化開発)を促している4)。民営化開発事業にも貧困層に対する配慮がみられる。クアラルンプール市では低コスト住宅を買い上げて公営住宅とし、低コスト住宅を取得できない貧困層に提供している。センランゴール州ではスクォッター地区の民営化開発に限って低コスト住宅価格を25,000リンギに据え置くように指導している。

 

(2) 民活型低コスト住宅政策の展開と実績

  民活型低コスト住宅政策の展開と実績を概観しておきたい。政策の導入当初、景気低迷と高金利のもとでは住宅需要は少なく民間部門の住宅供給は低迷した。低コスト住宅政策の一つの転機は、景気浮揚策としてインセンティブを伴った特別低コスト住宅事業(1986-92)が導入されたことである。これを契機として州政府や地方自治体において、規制緩和や許認可の総合窓口制度などのインセンティブが徐々に導入されていった。とりわけ、1986年の住宅・地方自治省(都市・農村計画局)による低コスト住宅の計画基準の規制緩和は民間低コスト住宅の供給促進に大きく貢献した(Ghani Salleh & Lee Lik Meng 1997,pp.26)。対内直接投資の急拡大を受け好景気に転じた1988年以降は、民間住宅市場が急拡大し、民間低コスト住宅の供給量も大幅に増加する。第6次マレーシア計画期間中(1991-95)における民間部門の住宅供給実績は563,221戸であり、前期(1986-90)の供給実績203,802戸の2.8倍まで拡大することになった。これに伴なって民間部門による低コスト住宅の供給も順調に拡大し、前期実績の2.3倍にあたる215,100戸が供給された(Govt. of Malaysia, 1996)1998年にはこれまで据え置かれてきた低コスト住宅基準や上限価格の見直しが行われた。住宅基準の見直しは経済成長に伴い住宅の質的向上が強く要請されるようになったことが背景にある。この住宅基準の改定に合わせて上限価格も引き上げられたが、これには民間部門の住宅部門への投資意欲を持続させることにも狙いがあった。アジア金融危機のもとで住宅市況が低迷し、民間住宅デベロッパーの投資意欲が大きく減退したためである。アジア金融・経済危機の影響を受けた第7次計画期間(但し1996-98)の供給実績は63,258戸と前期に比べて低迷しているものの(Govt. of Malaysia, 1999,pp.337)、これはアジア経済危機の影響の大きさを考えると不可避であった(表3)。

 

(3) 民活型低コスト住宅政策の成立要因

民活型低コスト住宅政策の成立とその維持の基盤となったのが、当該政策の政治的関心の高さである。その政治的関心は以下の二点から派生している。中央政治レベルでは、民活型低コスト住宅政策の成立メカニズムである「内部補助」方式が新経済政策に沿ったものであるため、常にその政策目標の達成には政治的な関心が払われてきた(2章参照)。地方政治レベルでは、低コスト住宅の配分における政治家推薦枠が政治的利権を生み出した。後者は低コスト住宅配分を不透明にするという弊害を生み出したが、地方自治体レベルでの民間部門の低コスト住宅の供給を強く促した。これらの政治的背景が開発義務緩和(例えば、上限価格の引き上げなど)に向けての民間デベロッパーの政治的影響力を抑制してきたと考えられる。

第二の成立要因は行政機構と政策運営に関するものである。連邦政府や州政府が低コスト住宅の開発義務付けだけでなく、民間デベロッパーの事業環境の整備やインセンティブ供与、開発義務確認・順守制度、住宅ローンの拡充などの需要者支援を一つの政策パッケージとして導入したことが成功要因としてまず挙げられる。また、連邦政府の政策ガイドラインを尊重しながらも、州政府がそれぞれの地域条件に配慮しつつ柔軟な住宅政策立案と運営を行ってきたことも成功要因である。

  第三の成立要因は事業フィージビリティに関するものである。民活型低コスト住宅事業が経営的に成立するためには、低コスト住宅以外の不動産開発の収益で低コスト住宅開発への内部補助分を十分に賄うことができるかが問われることになる。25,000リンギという低コスト住宅の上限価格は1982年に設定されて以来1998年まで据え置かれてきた。この間に開発コストは上昇して内部補助額も拡大したものの、1988年から10年間続いた好景気に支えられ、民間による低コスト住宅の供給は拡大することになった。同時に、賃金の上昇は中間層を拡大させ、中・高コスト住宅の需要を拡大させるとともに、住宅ローンにおける「過去からの補助金」も顕在化させて住宅市況を支えることになった。また、前述した事業環境の整備やインセンティブの供与などの政策的支援、建設労働における低賃金の外国人労働者の活用、住戸のスケルトン渡し(最小限の内装)の許容なども事業フィージビリティの改善に貢献した。事業環境の整備やインセンティブの供与については改善の余地も少なくないが、良好な住宅市況のもとでは低コスト住宅の供給を大きく抑制するものではなかった(福島, 2000, p.66)。

 

5 おわりに

 1980年代後半以降、開放経済政策をとったアセアン主要国はグローバル経済に接合度を深め急速な産業化と経済発展を遂げる。この間、多くの国で経済の底上げはあったものの、所得の伸び以上に土地・住宅価格が上昇して住宅格差は拡大することになった。マレーシアでは、1983年に民活型低コスト住宅政策が導入され、その上限価格が1998年まで据え置かれることで、低所得者層にも一定の住宅所有の機会が与えられた。内部補助に基づく低コスト住宅政策は、投機需要の拡大や不正な購入、不透明な分譲斡旋、住宅市場における歪の拡大などの弊害をもたらすことにもなったが5)、住宅格差の抑制に貢献してきたといえる。マレーシアは既に新興工業経済に移行しており、近年のクアラルンプール連邦直轄領における公営住宅の強化にみられるように、途上国住宅モデル(エネーブリング戦略は公共の直接住宅供給を否定する)とは異なる政策的アプローチをとる政治的意思と財政能力を持ち始めている。今後の公平な住宅政策の実現に期待したい。

 

 

【補注】

本論文は日本学術振興会から交付された科学研究費補助金(基盤研究(C2)

   による研究成果を発表したものである。

 

1)       マレーシアでは国家政策の根幹として新経済政策(New Economic Policy: 1971-90:いわゆるマレー人優遇政策)がとられてきた。この政策は民族間の経済格差(特にマレー系と中国系)から生じた民族暴動(1969)を契機に策定されたもので、民族間の経済不均衡の是正と貧困の解消を図りつつ国民統合を達成することを目的とした。具体的には、@雇用における民族比率の公平の確立、Aマレー系の資本構成比率を30%まで引き上げることなどが政策目標として掲げられる。経済成長を調整してでもマレー系の経済社会への進出を支援し、民族間の格差是正を図るという社会経済政策がとられることになった。住宅政策もこうした社会的公平(民族間格差の是正)を求める新経済政策の大きな影響を受けることとなる。

2)       この時期は景気対策と福祉政策の一環として公営住宅の建設が進み、官民の供給比率はほぼ半分となった。

3)       クアラルンプール市のマレー系枠は3割であるが、マレー系の多い農村が大半を占める州では全体の9割をマレー枠とする州もある。

4)       詳しくは、福島・大西(1990)、福島(1991)を参照。

5)       セランゴール州経済開発公社では厳密に適性審査をした結果、住宅購入希望登録者のうち4割程度が不適確となった。文書偽造や家族名義の購入などがあり、技術的にも完全な適格審査は難しいと指摘している。セランゴール州政府では適格審査の結果失格となる登録者の割合は約1〜2割であり、仮に公社での登録者と同程度の割合で不適格者がいるとすると、不適格者による低コスト住宅の取得はかなりあったとみられる。上限価格の改訂前は家賃収入で住宅ローンが返済でき、家族名義を用いて複数の低コスト住宅を取得するケースも多く見られた。

 

【引用文献】

1.         福島 茂・大西 (1990):「マレーシアにおける民活型居住政策−国公有地の民営化による低コスト住宅開発」,『都市計画論文集』No.25pp.601-606, 日本都市計画学会

2.         福島 (1991):「マレーシア・クアラルンプール大都市圏における住宅政策と住宅事情 −民力活用による低コスト住宅政策の展開−」『住宅』1991.11, pp.69-76, 日本住宅協会

3.         福島 茂(2000):「クアラルンプール大都市圏における住宅政策と住宅供給システム」,『市政研究』 No.126, pp.96-109, 大阪市政調査会

4.         福島 茂(2000):「マレーシアにおける都市住宅政策の特質と民活型住宅政策の経験」, 『都市情報学研究』No.5, pp.61-67, 名城大学都市情報学部

5.         Ahmad Zakki Yahya(1997):” Low Cost Housing: Government Viewpoint”, in “Housing The Nation: A Definitive Study”, pp.229-250, Cagamas Berhad

6.         Ghani Salleh & Lee Lik Meng(1997):”Low Cost Housing in Malaysia”, Utusan Publications & Distributors Sdn Bhd

7.         Lawrence Chan(1997):”Low Cost Housing: Industry Viewpoint”, in “Housing The Nation: A Definitive Study”, pp.209-214,Cagamas Berhad

8.         Govt. of Malaysia, EPU (1981) "Fourth Malaysia Plan 1981-1985"

9.         Govt. of Malaysia, EPU (1986) "Fifth Malaysia Plan 1986-1990"

10.      Govt. of Malaysia, EPU (1991) "Sixth Malaysia Plan 1991-1995"

11.      Govt. of Malaysia , EPU(1996) "Seventh Malaysia Plan 1996-2000(CD-ROM)"

12.      Govt. of Malaysia ,EPU (1998) "National Economic Recovery Plan"

13.      Govt. of Malaysia ,DOS(1998) "Social Statistics Bulletin, Malaysia"

14.      Govt. of Malaysia, EPU(1999) "Seventh Malaysia Plan, Mid-term Review 1996-1998"

15.      World Bank (1989), "Malaysia Housing Sector Getting the Incentives Right"

 


 

 

 

表1 マレーシアにおける住宅供給実績(1981-98)

 

開発タイプ

第4次計画

1981-85

第5次計画

1986-90

第6次計画

1991-95

第7次計画

1996-98

公共部門

●公共低コスト住宅

   71,310

   26,172

   10,669

   22,260

●住宅改善・再開発

   

    

    

    8,956

●サイト&サービス

   

    

    4,707

    3,636

●農村都市開発公社住宅

   34,980

   32,056

    8,075

    1,534

●公務員住宅

   25,450

   11,284

   18,776

    8,943

●商業開発部門(旧公社)

   70,160

   27,614

   42,315

   38,079

          

  201,900

   97,126

   84,542

   83,408

民間部門

●民間デベロッパー

  104,800

  196,319

  551,613

  310,082

●個人・グループ

   94,800

●コーポラティブ

    4,570

    7,483

   11,305

    9,453

          

  204,170

  203,802

  562,918

  319,535

 

          

  406,070

  300,928

  647,460

  402,943

出所:Govt. of Malaysia, EPU(1986,1991,1996,1999)より筆者作成

 

 

 

 

表2 低コスト住宅の上限価格(住宅・地方自治省指針:1998年以降)

上限価格

(リンギ/戸)

■立地条件

(地価:リンギ/u)

■分譲対象層

(世帯所得:リンギ/月)

■住宅タイプ

@42,000

●大都市・主要都市域

 45〜)

1,2001,500

中高層フラット

(5層以上)

A35,000

●主要都市域・郊外

1544

1,0001,350

中層フラット

(5層)

B30,000

●小都市

1014

8501,200

タウンハウス

C25,000

●農村

(〜10未満)

7501,000

タウンハウス

         出所:Govt. of Malaysia, EPU(1999, pp.338)

 

 

表3 民間部門による低コスト住宅供給の推移

 

 1986-90

 1991-95

 1996-98

住宅供給量()

 196,319

 551,613

 310,082

低コスト住宅供給量()

  83,940

 131,325

  62,563

低コスト住宅比率()

   42.7

   23.8

   20.2

出所: Govt. of Malaysia, EPU(1991,1996,1999)より筆者作成