勝利の代償〜アムステルダム号戦記(六)〜

 大阪屋惣兵衛の家を出た才蔵は、アムステルダム号へと帰って行きました。
 甲板に降り立つと、佐助が出迎えます。
「やあ、帰って来たか」
「イサベラは?」
 才蔵は、一番気にしていたことをまず訊きました。
「ん? うん、船室にいる」
 才蔵は、すぐにイサベラのいる船室に向かい、佐助もついて行きました。
「イサベラさん、才蔵が来ました」
 佐助が声をかけます。船室には小助もいました。
「おお、才蔵、ちょうどいいところへ」
 小助は、ペパードたちの企みをイサベラから聞いて、それを阻止する作戦を練り、イサベラと打ち合わせをしていたところでした。戦いは今夜。小助は皆にひととおり作戦を説明しました。
 それが終わると、佐助は扉の方へ小助の背中を押しやりながらこう言います。
「ほら、小助、出て出て」
「ん? うん」
 気を利かしてくれたのですね。(佐助の意外な一面です。)佐助と小助は部屋の外へ出て行き、船室には才蔵とイサベラの二人だけが残りました。

 寄り添う二人。
「帰って来てくれたのね、無事で…」
「あたりまえさ。こんなところで死んだりはしない」
 いつもの才蔵らしく自信ありげに応えますが、そのすぐ後で、反対にずいぶん気弱なことをつぶやきます。
「イサベラ、今夜の戦いが最後になるかもしれない」
「才蔵、そんな悲しいこと言わないで。成功させるのよ。絶対に」
 元気づけようとするイサベラ。
「ああ、必ず成功させる」
 気弱になったのはほんの一時、すぐに元の才蔵に戻りました。
 それからイサベラはそっと離れ、後ろを向いて、一語一語かみしめるように話します。
「才蔵、今夜の仕事が終わったら、わたしは船を下ります」
「そして、わたしと一緒に暮らすか?」
「ええ、あなたと一緒に」
「殿はやさしい方だ。きっと許してくださるよ」
「わたしは、生まれて初めて男らしい男に巡り会えた」
「しかし、九度山に行けば、おれよりも男らしいやつがうじゃうじゃいるぞ」
「いいえ、わたしにとっては、あなただけ」
 戦い前のひとときの安らぎでした。

 宴会が開かれます。イサベラはドレス姿で席に着きました。
 みんな痺れ薬入りのワインを飲んでしまいます。たちまち苦しみ出し、才蔵もイサベラも、佐助も小助も、その場に倒れてしまいました。
 四人とも倒れるのを見届けたペパードたちは、計画を実行に移します。ジョージは、側近のサイモンに命じて、イサベラを縛りあげマストの上に吊るし、大砲と鉄砲を用意しました。

 実は、その間、才蔵ら三人も密かに作戦を実行していました。彼らは、あれくらいの毒には平気だったのです。

 そうとは知らずペパードたちは、甲板で着々と攻撃の準備を進めています。
 そしてついに、大砲を大坂城に向け、鉄砲の銃口をマストに吊るしたイサベラに向け、両方一斉に発砲しました。
 ところが…どういうわけか大砲の弾は陸まで届かず海に沈み、銃の射的となっていたはずのイサベラの姿は忽然と消えてしまったのです。
 …それはこういうわけでした。(ここでスローモーションで今の場面が再現されます。)大坂城に向けて発砲された大砲の弾は、佐助が飛び乗って海へ落とし、また、銃弾がイサベラを貫くほんの一瞬早く、ゴンドラに乗った才蔵がイサベラを抱えて飛び去ったのでした。
 その途端、うおーっと大きな喚声と共に、岩見重太郎たち伊予海賊が、アムステルダム号に襲いかかって来ました。ジョージとサイモンたちは、うろたえ、右往左往するばかり。

 美しい星空を、イサベラを抱いた才蔵を乗せて、ゴンドラは静かに飛び続けます。
「もう大丈夫だ、イサベラ」
「才蔵、信じていたわ。あなたが助けてくれるって。…見て、アムステルダム号が沈んでいくわ」
「ああ」
「あなたたちの勝利ね」
「あたりまえだ」
「おめでとう」
 紅い炎に包まれて徐々に沈んでいくアムステルダム号。波間でもがくジョージやサイモンたち。

 が、その時! ジョージ・ペパードが最後のあがきで、完全に海に沈む直前に、イサベラを狙って銃を発砲しました。そしてその弾は、イサベラの身に命中してしまったのです。
「うっ…」
 鈍いうめき声を発すると、イサベラは苦しそうに荒い息をします。
「イサベラ! しっかりしろ! イサベラ!」
「く、苦しい…才蔵、どこ? み、見えない、何も見えないわ…ここは、どこ?」
「イサベラ…! ちくしょう! ジョージ・ペパードめ!」
 悔しそうに顔をそむける才蔵。
 やがて、苦しみも終わりに近づいたのか、イサベラは穏やかな声で誰にともなく語りかけます。
「ああ、ここはどこ…? きれいだわ…きれいな花がたくさん咲き乱れていて…どこかしら…」
「イサベラ…そこはきっと天国だよ」
「きれいだわ…ほんとうに…」
 そして、イサベラは、この世で最も愛した男の腕の中で、永遠の眠りに就いたのでした。
 (彩り鮮やかな花畑の中心で、薄紅色のドレスを着て、華麗に回り踊るイサベラの幻想の姿。)

(第229回〜230回より)


 悲劇の結末…これは避けられないことだったのでしょうか。
 なぜ、イサベラは死ななければならなかったのでしょうか。

 たしかに、彼女が九度山で暮らすのは(いろんな意味で)無理があるとは思います。
 でも、それだけなら、たとえば、シャムかイギリスへ渡って「才蔵のこと待っています」というような、しばしの別れぐらいでいいじゃないですか。実際わたしは、そんな展開を期待していました。イサベラのこのセリフを聞くまでは…。
「今夜の仕事が終わったら、わたしは船を下ります」
 このイサベラの愛の告白ともいうべき言葉から、わたしは彼女の死を予感しました。なぜなら、この戦い後に彼女が辿るべき道は、船出か死か、どちらかしかないと感じていたからです。

 イサベラは船を捨てることを選びました。
「見て、アムステルダム号が沈んでいくわ」
 どんな思いで自分の船の最期を見たことか。もう引き返すことはできないのです。これまでの全てを捨て、これからの全てを才蔵に賭けたのです。
 その強い決意と思いが、彼女を死に導いてしまったのかもしれません。

 大坂城が撃破されずに済んだのはイサベラの働きによるものだと、彼女を称えるナレーションがあったような覚えがあります。まるで、その死が勝利の代償であるかのように、わたしには聞こえました。
 でも、イサベラの死と才蔵たちの勝利とは、直接には因果関係はありません。ジョージが最後に放った銃弾は、むしろ、自らの船を沈めたイサベラの裏切りへの代償と言うべきでしょう。
 けれど、ジョージをはじめアムステルダム号の乗組員たちが皆イサベラ船長に従っていれば、イサベラは、たとえ船を下りたとしても、沈めることはしなかったはず。だとしたら、彼女に「裏切り者」のレッテルを貼るのはあまりにも悲し過ぎます。
 では、イサベラの死はいったい何の代償だというのでしょうか。それは、ペパードを船長に背かせて徳川との密約に走らせたもの、イサベラがアムステルダム号の利益よりも優先させたもの、すなわち才蔵との恋の代償だと、そういう結論になるのですが…そう言ってしまっては、誰も救われませんね。

 「そこはきっと天国だよ」と、才蔵には不似合いな最後の思いやり。
 安らかな眠りが、せめてもの救いです。

 これでアムステルダム号編は終わりますが、この後、二週間の別のエピソード放映後に、才蔵たち三人の九度山帰還の場面がありました。
 その時、セリフもなくほんの数秒ですが、才蔵の回想でイサベラの面影が映し出されたのを覚えています。

 マンダラが死んだ時は、才蔵は、徳川に対する復讐心を燃やすことで、悲しみを乗り越えようとしていたのだと思います。
 けれど、イサベラを殺したのは、もはや海の底に沈んだジョージ・ペパードとアムステルダム号です。愛する者と同時に復讐の対象をも失った才蔵の心には、ただ深い悲しみだけが残ったのではないでしょうか。
 その後も、何事もなかったかのように真田の下で働く才蔵…
 この悲しみは消えない。

(2007.4.14)

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