God be with ye.

 あれはたしか、わたしが中学に入学する直前のこと、『真田十勇士』前半一年間の放送が終わった頃だったと思います。何かの雑誌で、いろいろな国の別れの挨拶についての記事を読みました。
 それで知ったのですが、日本語の「さようなら」の語源は「左様ならば」で「そういうことならば別れたくないけれどお別れしましょう」という意味が込められており、また、英語の「Good-bye」は「神があなたと共にいますように」という祈りの言葉が語源なのだということです。
 別れの言葉とは、なんて奥が深いのでしょう。その時のわたしは、特に、英語の「Good-bye」を美しい言葉だと思いました。
 あらためて辞書で調べたら、ありました、「Good-bye」の語源。「God be with ye.」



 才蔵とオランダ軍船アムステルダム号の船長イサベラとの悲恋物語については、すでに長々と紹介してきたところですが…(→「アムステルダム号戦記」参照)
 あのエピソードから半年後、死んでしまったイサベラが再び登場するとは全く予期しなかったことで、その驚きと感激は言葉で言い尽くせるものではありませんでした。

 決戦の時が近づき、才蔵は、その前に、今は亡き親友の巨鷲マンダラの墓参りをしたいと、マンダラの兄ゴンドラと共に江戸へ向かいました。
 しかし、マンダラが眠るその地では、何かの館の建設中で、すでに墓標は取り払われていたのです。怒りに荒れる才蔵の前に、マンダラを撃った大久保彦左衛門の鉄砲隊が再び現れました。もめ事は避けなければと自制して去ろうとする才蔵ですが、鉄砲隊の放った銃弾に傷つき倒れてしまいます。
 ゴンドラが才蔵を乗せて飛び去り、何とか敵の目の及ばない所へ逃れたものの、才蔵の傷は深く瀕死の状態でした。
 その時、辺りは俄かに暗くなって竜巻が起こり、気を失っていた才蔵の身体は宙に飛ばされます。そして、暗い空の中、どこからともなく現れた白い馬車に乗せられて、遠く高みへとつれて行かれるのでした。その馬車を御して才蔵をつれて行ったのは、白い羽根飾りの帽子、金髪の…(あり得ないと思っていたわたしは、すぐには誰だかわかりませんでした)…死んだはずのイサベラだったのです。
 才蔵が目を開けると、そこは一面の真綿の世界。白いドレスに身を包み、まぶしいくらいに美しいイサベラが優しく語りかけます。
「待っていました。あなたがここへ来るのを…」
 才蔵は、もう自分の使命も、これから合戦になるということもすべて忘れてしまいます。
 イサベラに案内されて、マンダラにも会うことができました。
「才蔵、あなたは今でもわたしを愛してくれている?」
 アムステルダム号にいた時と同じように問いかけるイサベラ。「もちろんだ」と、やはりあの時と同じように答える才蔵。
「うれしい」
 そして、イサベラは才蔵に、こう望むのです。
「もう離れないで。これからもずっと、わたしと一緒にいると約束して」
 そうして才蔵は、このまま彼女とこの世界で暮らそうと、そんな気持ちになっていくのですが…。

 これはこの世ならぬ物語、生死の境を彷徨う者の儚い夢幻に過ぎないできごと。
 イサベラとマンダラのほかにも、死んだはずのキャラクターが何人か登場します。アムステルダム号と共に沈んだジョージとサイモンが、しつこくイサベラに言い寄って来たり、地獄界へ連れ去ろうとしたり。その地獄界に君臨するのは、地上から滅び去った地獄百鬼。一方、天上界では、出番が短かった武田勝頼、それに絢の方も姿を見せました。
 本筋とは何ら関わりのない、無くても通じるエピソードです。もしかしたら、この天国編は、亡くなったキャラにもう一度会いたいというリクエストに応えて、ファン・サービス番外編として作られたのかもしれません。
 そんな中にも、すごく好きな場面がありました。その場面を、ここに書き記しておきたいと思います。

 この世界で共に暮らしてほしいと才蔵に願うイサベラですが、天国の住人になるには一つ制約がありました。そこでは相手がどんな悪人でも暴力を振るうことは禁じられていたのです。
「しかし、わたしは卑怯な奴らは許せない」
 と、イサベラをさらおうとするジョージに対して怒りを顕わにする才蔵を、イサベラは何とか諭そうとします。
 心の内に沸き立つ闘志とイサベラに対する思いとの狭間で葛藤する才蔵。なおもイサベラは促します。
「才蔵、さあ、剣を渡してください」
「…だめだ、だめだ! わたしは、まだ、ここには…」
「才蔵!」
「いいや、お説教ならもう聞かんぞ。イサベラ、わたしには、まだやらなくてはならないことが山ほどある。それをやり終えないうちは、まだここでは暮らせない。イサベラ、わかってくれ」
 才蔵は、ここでようやく自分の使命を思い出したのでした。
 ほんの少しの沈黙。イサベラもついには彼の強い意志を納得したのでしょうか。
「才蔵、わかりました。あなたが、やりたいことをやり尽くし、もう何の心残りもなくなった時、その時わたしのところに来てください」
 イサベラはそう言って、彼の首に十字架のペンダントをかけ、胸の前で十字を切ってこう祈るのでした。
「神があなたと共にいますように」

 …イサベラの祈りの言葉。英語に訳せば「God be with ye.」そう、別れの言葉「Good-bye」の語源だったのです。

 この後で、天国の住人に危害を加えようとする地獄界の者たちを退治した才蔵は、元の世界で残された使命を果たすべく、断腸の思いでイサベラと別れ、天界から去ります。
「イサベラ、きみのくれたこの十字架、きみだと思って大切にするよ」
「才蔵、がんばって。勇敢に戦ってね」
「また、いつか、会えるな」
「ええ、また、いつか」
 別れ際には、二人はそんな会話を交わしました。
 二人とも「さようなら」とは言わなかったと思います。「また、いつか会える」と、たしかそう言ったと思います。
 ただ、イサベラの祈りが込められた十字架が才蔵に託されました。その祈りの言葉が、実は「Good-bye」という別れの言葉だったと考えると、「さようなら」と言うよりももっと悲しくてやりきれない二人の心が、暗に感じられるとは思いませんか。

 気がつくと、そこは地上の元の世界。ゴンドラが傍で見守っています。息を吹き返した才蔵は、手元に残された十字架を見つめてつぶやきます。
「イサベラ、ありがとう。きみのおかげだよ」

 死んだ恋人との再会など、すべて幻想のはず。十字架が現実に残っているなんて、まるでお伽話。
 でも、夢だったけど夢じゃない、そんなお伽話も、いいかも…と、ちょっと思いたくなりました。

 それにしても、皆、気づいたでしょうか。この時以後、才蔵が十字架の首飾りを身に着けるようになったこと…。

(2007.10.13)

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