忘れないで

 京の八条大納言の息女・冴香。千姫の替玉として利用しようと企む徳川方の手の者に幾度かさらわれたものの、そのたびに勇士たちの活躍で救われたことは、以前「名もなき星たちの光」という記事に書きましたが…。

 初め、千姫の婚礼前にさらわれて伏見城に閉じ込められた時、高い城窓に姿を見せて、冴香を元気づけてくれたのは誰あろう巨鷲マンダラでした。
 言葉はわからなくても、「必ず助け出すから待っていてほしい」というメッセージは、十分に冴香に通じたのでしょう。冴香は、それは嬉しそうにマンダラに話しかけていました。
 まもなく、幸村の采配の下、勇士たちの働きにより、本物の千姫が秀頼の許へ嫁ぎ、冴香は救い出されて八条大納言家へ無事帰ることができたのでした。

 その後、マンダラは江戸で才蔵を庇って絶命しましたが(→「目は涙」参照)、もちろん冴香はそのことを知る由もありません。

 さて、それからしばらく後のことなのですが…
 もうこれで役割は終りかと思われた冴香ですが、再び勇士たちと出会う機会がありました。といっても決して喜ばしいことではなく、八条大納言邸に賊が侵入し、冴香はまた誘拐されてしまい、その折に、偶然通りかかった小天狗たちに救出されたというわけです。
 この時だったと思うのですが、印象に残る場面がありました。

 冴香が小天狗に訊きました。
「あの巨鷲さんは? マンダラは元気?」
「マンダラは…」
 小天狗は言いにくそうに答えます。
「マンダラは、死にました」
「え!」
(ここで、マンダラが激しく羽ばたいて羽根を手裏剣のごとく敵に浴びせかけている回想シーンが映し出されました。小天狗の台詞もしくはナレーションが入ったかどうか覚えていませんが、この間に、小天狗が事の仔細を冴香に語ったことは間違いないでしょう。)
「そうだったの…」
 冴香は道端の野花を摘み、小天狗に渡して言いました。
「これ、マンダラのお墓に供えてあげてください」

 “よくマンダラを覚えていてくれた”というのが、この時のわたしの感想です。
 実を言うと、わたしが才蔵に惹かれたのは、マンダラ最期のエピソードがきっかけでしたから、あのシーンは忘れ難いものがあります。その回想シーンを見た時、驚きと言いようのない感激が込み上がりました。まさかここで冴香がそれを尋ねてくれるとは思いも寄らなかったのです。

 この二度目の冴香誘拐事件は、結局事無きを得たのですから、あまり本筋には関わりなく、無くてもいいエピソードかもしれません。ましてやマンダラの消息を尋ねるなど余談でしょう。
 けれど、この余談は、何気なく、さりげなく、見る者の感動を誘います。

 『真田十勇士』には、こういった場面が、幾度か見られたような気がします。

(2007.1.21)

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