取引の条件〜アムステルダム号戦記(二)〜
アムステルダム号の船室で再会した才蔵とイサベラ。二人は相対して椅子に座り、会談を始めました。
才蔵はイサベラ船長に大砲と鉄砲を売ってほしいと交渉し値段を尋ね、イサベラ船長が答えますが、それを聞いて才蔵は一瞬絶句し、一言つぶやきます。 「高すぎる…!」 あっけにとられる才蔵。 「しかたない。ここはいったん引き下がります。だが大砲と鉄砲は徳川には絶対渡さない。また必ず来ます」 才蔵はそう言って立ち上がり退出します。 「私も祈っております」 イサベラも立ち上がり、才蔵を送り出しながらそう言いました。(“大人”を感じますね。このセリフ。) それからまもなく、才蔵は、援けに来ていた小助と佐助の二人と合流しました。 才蔵は、二人に会談のいきさつを話します。やはり佐助たちも値段の高さに驚きました。また、柳生但馬守の一行もアムステルダム号に商談を持ちかけていることを知り、まずは何とかそれを阻止しなければと、三人は相談し作戦を練りました。 そして、小助の提案で、才蔵が船長に成りすまして柳生但馬守と会談することになったのです。ただ、そうなると、イサベラを船から遠ざけなければなりません。才蔵はすかさず言いました。 「それならおれがやる」 アムステルダム号の船室で、男装を解き薄紅色のドレスに着替えていたイサベラは独りでいました。 船に忍び込んだ才蔵は、計画どおり、イサベラを当て身で気絶させると腕に抱え、 「ほんの少しの辛抱です。許してください」 と、やさしく声をかけます。 船からさらわれたイサベラは、そのまま佐助が連れ去りました。 アムステルダム号では、船長服を着込んだ才蔵が椅子に腰掛け、小助も変装して傍に付き添っています。 まもなく柳生但馬守が数人の配下の者と共にアムステルダム号を訪れました。船長室で、羽根飾りのついた鍔広の帽子を被り船長のふりをした才蔵が、但馬守との会談に臨みます。 偽船長(才蔵)はイサベラが言った値段の二倍の値でふっかけましたが、それでも但馬守は買うと言います。ただ、買うには条件があると持ちかけてきました。その条件とは、 「大砲で大坂城を吹き飛ばしてもらいたい」 「なに!」 カッとなって思わず立ち上がる才蔵。ここでばれてはたいへんと小助が必死でなだめます。 が、結局ばれてしまいました。小助はすぐに逃げおおせましたが、才蔵は船室で捕らえられてしまいました。 「ばれてしまったのならしかたがない。いかにも、おれは霧隱才蔵だ」 落ち着き払って、堂々とした才蔵。 それから、才蔵は背中に銃を突きつけられ、両手を少し挙げ、但馬守らに連れられて甲板に出ました。但馬守は、才蔵を捕虜にして、姿をくらました小助ら真田の仲間に「出て来い」と促します。 しかし、その時、アムステルダム号の副船長ジョージ・ペパードが、船長イサベラが真田方に捕らえられているので、このままでは困ると言い出しました。それに応えたのは才蔵でした。 「そのことなら心配ない。イサベラなら無事に帰す。このキーリイ・サイゾ、約束する」 それを聞いて、但馬守はまた人質の利用法を思いついたようです。 「よし。それなら、大砲と鉄砲をこちらに売るという条件で、おまえを…」 「それならお断りだ!」 「な、なんだと?」 但馬守は、自分の言葉を遮って鋭く言い放つ才蔵の声に、驚きたじろぎました。才蔵が言葉を続けます。 「おれはイサベラとの交換ならいいと言ったのだ。大砲と鉄砲との交換ならお断りだ」 きっぱりとした才蔵の態度。但馬守は怒り心頭に発して叫びました。 「ええい! やってしまえ!」 と、その時、突風と共に巨鷲ゴンドラが飛来し、あっという間に才蔵を救い出して飛び去って行きました。 「ゴンドラ、助かったぜ」 ほっとした声をあげる才蔵でした。 ゴンドラに乗って佐助たちの所に戻った才蔵は、イサベラをアムステルダム号に帰してやってほしいと、仲間たちに訴えました。けれど小助は承諾しません。 「しかし、おれは約束したんだ。イサベラを無事に帰すと」 才蔵は必死に主張し、イサベラに近寄ると、彼女の手を取って言いました。 「大丈夫ですか?」 イサベラは才蔵の顔を見て応えます。 「わたし、大砲と鉄砲はどちらか高く買ってくれる方に売ろうと思っていました。でもキーリイ・サイゾ、あなたが助けに来てくれた。大砲と鉄砲は、なるべくあなた方に売ることにします」 イサベラも、才蔵に心惹かれ始めた様子でした。 そして、才蔵は、ゴンドラの背に乗るようイサベラに促します。 「さあ、ゴンドラに乗ってお帰りなさい」 ちょっと戸惑うイサベラを、やさしくいたわりながらゴンドラの背に乗せて、才蔵は一声叫びました。 「ゴンドラ! 行け!」 高く空へ舞い、遠ざかるゴンドラ。見上げる才蔵にイサベラの声が届きます。 「また会いましょう! キーリイ・サイゾ!」 (第223回〜224回より)
わたしが、この二回分の話の中で注目したいのは、取引の条件なのです。 船長に成りすまして但馬守を騙そうというのはいいのですが、そのために本物の船長イサベラをさらって軟禁するなど、才蔵にとって本意だったとは思えません。イサベラをさらう役目を自ら買って出たり、「しばらくの辛抱です」とささやいたりするところに、才蔵のそんな気持ちが表れています。 そして、偽船長だとばれて捕虜とされた時、才蔵は、こう言いました。 「おれはイサベラとの交換ならいいと言ったのだ。大砲と鉄砲との交換ならお断りだ」 つまり、大砲と鉄砲を徳川に渡すくらいなら殺されてもかまわない、けれどイサベラを助けるためなら自分が交換条件となる…と。 助ける…誰から? 小助と佐助からです。わたしには、そう思えてならないのです。なぜなら、この後、才蔵は「約束した」と主張し、小助の反対を押し切って、イサベラをゴンドラに乗せて船に帰していますから。何とかして彼女を解放したいと考えていたのは明白です。 そう考えると、才蔵が言い出した取引の条件、すなわち「イサベラとの交換ならいい」という才蔵のセリフには、さりげない誠意と思いの強さが感じられ、ストレートな愛の言葉より、もっと心動かされる気がします。 ただ、才蔵がその言葉を口にした場面をイサベラは見ていません。それが、この後の波乱を引き起こす原因ともなるあたり、なかなか巧みな物語構成と言えましょう。 しかし、「約束」といっても、結局、才蔵はゴンドラに救われたのですから、捕虜交換の取引は不成立のはず。イサベラ船長をアムステルダム号に帰す義理はありません。 なのに、それを理由に彼女を帰してやってくれと主張するのは変だと思いませんか。それに、もうひとつ…偽者だとばれた時、小助は逃げられたのに、なぜ才蔵は逃げられなかったのでしょうか。 もしかしたら、才蔵はわざと捕まったのでは? イサベラと自分との捕虜交換を提案して、それを口実に彼女を助けるために。 …と思うのは、深読みし過ぎでしょうかね、やっぱり。 ちなみに、才蔵が船長に化けて但馬守と会談する場面は、原作の巻の三にもあります。ただ、原作ではイサベラは登場せず、ジョージ・ペパードがアムステルダム号の船長であり、そこでは、偽者だとばれて捕らえられた才蔵は「おれを見殺しにする気か!」と小助と佐助に向かってどなります。 その場面を改変して、才蔵のイサベラに対する思いを表現した脚本家の手法は見事だと思います。 締めくくりは、再びイサベラのセリフ「また会いましょう!」 明るく響き渡る美しい声でした。これは理屈抜きで、わたしの好きなセリフです。 (2007.3.17)
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