剣と心と〜アムステルダム号戦記(四)〜

 才蔵、小助、佐助の三人は、一艘の小舟で海に出ました。ゴンドラも小舟に付き添います。彼らもアムステルダム号を追って大坂湾へ向かいます。
 やがて、嵐になり、黒い空の下、激しい雨、小舟は大きく揺れ動きます。佐助も小助も山育ちなので、海は苦手でした。才蔵は、イギリス海賊の子といっても、それは五歳の時まで。到底、嵐の海を乗り切る力はありません。ほどなくして舟は沈没してしまいました。

 嵐が過ぎ去った後の海岸。ゴンドラは、すっかり弱まって岸に流れ着いたところを、伊予海賊の岩見重太郎に助けられました。

 一方、才蔵たち三人は、気がつくとアムステルダム号の船底に縛られていました。ジョージ・ペパードがやって来て、三人を嘲り笑うかのように、「助けてやった礼を言え」などと言います。
 そこへ、船長服に身を包んだイサベラが姿を現し、三人の縄を解くよう水夫に命じます。
「ボートを用意しました。そちらに乗ってください」
 淡々と言葉を発するイサベラ。
 才蔵は喜び、イサベラに近づき話しかけようとしました。が、イサベラは才蔵に裏切られたと思っているので、冷たく背を向けて外へ出て行ってしまいます。その態度に異変を感じた才蔵は、甲板に出て、なおもイサベラに話しかけようとしますが、ジョージがそれを押し止めます。
「キャプテンにお礼が言いたい」
 才蔵はジョージに詰め寄りますが、イサベラは無視し続け、ジョージは取り合おうとしません。
 しかたなくボートに向かう才蔵でしたが、寂しげに振り返り、彼女の後姿を見つめました。

 三人は用意されたボートに乗り移りました。
 が、乗ってすぐに異様に気づきます。なんと舟底には爆薬が仕掛けてあったのです。
 咄嗟に海へ飛び込む三人! 次の瞬間、ボートは木っ端微塵に爆発しました。

 アムステルダム号からボートが爆発する様を見ていたイサベラ。小声で一言つぶやきます。
「ふん、いい気味よ」

 爆発する直前に海に飛び込んだ三人は、何とか海岸までたどり着きました。
 砂浜に上陸した才蔵は、吐き捨てるように、心にもない言葉を口走ります。
「ちくしょう、もう許さないぞ、あの女」
 ちょうどそこへ、岩見重太郎とゴンドラが三人を見つけてやって来ます。幸運な再会に喜びあう勇士たち。
 そして彼らは、アムステルダム号を追い、再び船に潜入することに成功しました。

 夜、船室にドレス姿でいるイサベラ。
 突如、彼女の目の前に、長剣を手にした才蔵が姿を現しました。驚くイサベラに向かって、才蔵は叫びます。
「さあ、イサベラ、よく見るがいい! おまえに殺されかけた間抜けな男どもの顔をな!」
 たちまち大騒ぎ。駆けつけた乗組員たちは、小助と佐助が相手をします。
 イサベラは短剣を取り、才蔵を迎え撃ちます。才蔵は剣を振りかざし、イサベラは短剣でそれを受け、二人の剣が激しく交わります。
 やがて、イサベラは短剣を落としてしまい、才蔵の剣の切先が向けられて身動きできなくなりました。
 その様子を見届けて小助が言います。
「さあ、ジョージ・ペパード、キャプテンの命が惜しかったら、徳川との取引を解消するんだ」
「しかし、それは…」
 と、その時、才蔵の剣がきらりと鋭く光ります。
「わ、わかった、わかった」
 小助と佐助にこづかれるようにして、ジョージ・ペパードは外へ出ました。そして、柳生但馬守らと再び会見して、嫌々ながら取引の解消を伝えたのでした。

 船室には、才蔵とイサベラの二人だけが残っていました。前かがみに膝をついているイサベラ。立って横を向いている才蔵。沈黙の後、才蔵から声をかけます。
「イサベラ、なぜわたしたちをあんな危険なボートに乗せた? あなたは知らなかったのでしょう?」
 やさしいというよりは悲しげな才蔵の声。イサベラは、それを跳ね返すように、才蔵の方を振り向きながら強く言い放ちます。
「いいえ! 知っていたわ!」
「なぜだ? なぜわたしを裏切った? ゴンドラに乗って帰って行った時のあなたは、とてもやさしかった。それなのに、なぜだ? おしえてくれ! イサベラ!」
 涙声に近く、けれど、ほとばしるような熱を帯びた問いかけに、イサベラもまた感情的に応えます。
「裏切った? 裏切ったのは、才蔵、あなたの方じゃないの!」
「わたしが? イサベラを裏切った? いったい、いつ?」
「わたしが人質として捕まっている時、あなたは大砲と鉄砲との引き換えにわたしを返すと言ったと、ジョージがおしえてくれたわ。あなたはわたしを裏切ったわ。あなたは、ただわたしを仕事に利用しただけなんだわ!」
「嘘だ! そんなこと覚えがない!」
「でもジョージはこの耳ではっきり聞いたと…!」
「イサベラ、あなたは、ジョージ・ペパードとこのキーリイ・サイゾとのどちらを信じるのだ」
 静かだけど確固たる声でした。才蔵は言葉を続け、イサベラへの偽りなき愛情を誓います。
「わたしは、愛する人のために命を賭けることはあっても、愛する人を騙したり、ただ仕事に利用したりすることは決してない! 神にかけて誓う!」
 その言葉を、繰り返して確かめるイサベラ。いつしか、頑なな彼女の心も溶け、才蔵への信頼の心を取り戻したようです。
「許してください…キーリイ・サイゾ」
 ようやく誤解も解け、二人は身を寄せ合い、お互いを見つめるのでした。

(第226回〜227回より)


 アムステルダム号編後半に入ったこの展開は、実にダイナミックです。

 一度は惹かれあったはずの二人が、互いに刃を向け、罵り合う…剣と剣、心と心を、激しくぶつけ合う様は、見ていて心揺さぶられました。
 大人で穏やかだったイサベラの、内に秘められた激しさが顕わになるにつれて、彼女に強い魅力を感じます。クールな面と短気で激しい気性とを併せ持つ才蔵とは、けっこうお似合いではないでしょうか。
 そんな似た者同志の二人の恋が成就するには、本音をさらけ出してのぶつかり合いが必要だったのかもしれません。

 特筆すべきは、才蔵のこのセリフでしょうね。
「あなたは、ジョージ・ペパードとこのキーリイ・サイゾとのどちらを信じるのだ」
 まるで何かの暗号のようです。この言葉が、イサベラの閉ざされた心の扉を開く鍵となったのですね。

 それにしても、二人が乗り越えたこの波乱を、試練と言うにはあまりにも危うく残酷です。
 もし、あのボートの爆発で才蔵たちが死んでいたら、後になってイサベラは、取り返しのつかない過ちを犯したことに生涯苦しむことになるでしょう。
 それを思うと…「許してください」と言った時のイサベラの胸中は、「安堵」などという簡単な言葉では済まされない、「緊張が解けた」でもまだ物足りない、もっと切実な、きっと、才蔵の胸の中で思い切り泣きたい心境だったのではないかと…つい、そんな想像をしてしまうのです。

(2007.3.31)

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