16 塔
闇の中、塔に雷が落ちています。王冠のような屋根が飛び、塔は火を
噴いています。3つの窓からも炎。2人の男女が火の粉とともに塔から
落ちていきます。
塔は、「1」。「私」、自我の象徴です。
今まで、丹精こめて築き上げ、王冠をかかげた「私」を突然の落雷が襲い
ました。「私」が「私」であるための王冠は吹き飛び、バランスよく配置
されていたはずの2つの側面(男性性と女性性)は、「私」から転げ落ち、
「私」自身も燃え落ちようとしています。
前回の「15:悪魔」で、私(1)に集中(5)した時、無(6、本質
ってことです)が生まれるのだとしたら、まさにこれは、その象徴ではない
でしょうか?
「私」への集中を塔と雷が表わしています。雷は矢印の形をしており、
それが王冠を失った塔の先端を指しています(正確には、矢印の先が、塔の
先端から内部に突き刺さっています)。
集中した結果、私たちは本質に触れました。それは、雷が指し示している
先、空になった塔の内部です。
雷は、気付きの象徴でもあります。気付きという落雷によって、塔は崩壊
し、本質に触れた私たちは、本当の自由を手にしたのかもしれません。
3つの窓。そして、窓の形は四角。ここにも、3+4=「7」が現れて
います。
雷光や炎によって、塔の崩壊を確認することはできますが、闇の中で
起こっているため、見えているのは、ほんの一部なのではないでしょうか。
全てを把握することはできず、これからどうなるのかも分からない。
けれど、止めることもできない。できるのは、ただ黙ってそれを見つめる
ことだけ。
「7」のカードで学んだ、距離をとって見ること、「戦わない」ことが、
ここで生かされるのではないでしょうか。そして、「7」の瞑想の質に開く
時、静かに座って、ただ観ることが、この場でできる唯一の方法だと知るの
かもしれません。
「16」。1+6=7。
私(1)の本質(6)を知る(7)。それは、頭での知識や理解だけでは、
決して得られないものです。感覚を開いて感じること。感じた瞬間、思考
でも知ることができ、頭と感覚の理解が一致します。
ジャッジも形もなく、ただ在るもの。そして、その瞬間、感じる私もまた
ない、ということに後で気付くかもしれません。
(-.・)v〜 ぴゅるぴゅる 〜v(・.-)
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もしも 「私」が「私」でなくなったら
この世界はあるのだろうか
もしも 「私」が「私」でないのなら
この世界はあるんだろうか
この世界も 「私」も
ただの幻想にすぎないのなら
なくなった「私」は
本当にあったのだろうか?