17 星
八茫星が、大きな1つを中心に8つ、きらめいています。
星の下では、女性が、右足を泉の上に置き、左膝を大地についています。
彼女は何も身に付けていませんが、両手に水差しを持っています。右手の
水差しからは泉へ、左の水差しからは大地へ、水が流れ出ています。
「私」が「16」で雷とともに崩壊し、本質に触れた私たちはこのカード
で、存在としてただ在る状態を体験します。
カードの女性は、無心に水差しから泉と大地に水を注いでいます。その水
は、彼女が泉から汲んできたものではなく、水差しから自然に溢れ出している
ものです。
水差しが彼女の頭上とも背景とも言える空につながっていることが、水と
空が同じ色であることから分かります。星が出ている夜にも関わらず、空は、
泉や水差しの水と同じ青(水色)で塗られているのです。
8つの八茫星。8を2つ重ねることで、十分すぎる程の豊かさを表わして
います。無限の豊かさ、無限の流れがそこにあります。そして、そこから
溢れ出る水によって、泉も大地も潤されているのです。
水差しを持つ肉体が、泉(無意識、精神的な面)と大地(意識、肉体的
感覚)と空の流れをつなぎ、水差しから溢れ出る空の豊かさが地上の全てを
満たしています。
このカードは、「信頼」のカードでもあります。
私たちの多くは、水差しの水と8の無限の空がつながっていることを知ら
ないか、それを頭では知っていたり、どこかで感じながらも、水差しの中身
が絶えないことを信じきれずにいます。
そのため、自分で水差しを満たそう、自分が流れを作ろうと、自分の泉から
水を汲み出し、それを泉と大地に流すという作業をしています。
けれど、このカードが教えてくれているように、私たちは、そんな労力
なしに、いつでも満たされた感覚を味わうことができるのです。
いつでもある満たされた感覚を十二分に味わうこのカードは、「瞑想」の
カードでもあるそうです。
「17」。1+7=8。
「私」(1)という存在を静けさの中で体験する(7)。静けさとは、
そこに何の判断もないこと、思考や感情、欲望などと戦わない状態です。
ただただ存在を深く味わうことで、無限の流れ(8)とのつながりを確信
できるようになるのかもしれません。
そして、パワーや豊かさが、実は既に十分あることを実感する時、理由の
ない幸福感や充足感が溢れ出してくるのではないでしょうか。
(-.・)v〜 ぴゅるぴゅる 〜v(・.-)
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ただ こうしていたい
流れのない流れの中で 佇む
私が私である時 全てが開かれ
煌きのない煌きを感じる
ただ こうしていたい
限りない何かに抱かれ 佇む