路線変更

 柴田錬三郎氏がこの番組のために書き下ろした原作本(→[関連書籍]参照)は、TV放映より少し先行する形で順次刊行されていました。当時、わたしは、巻の一の読み始めは遅れたものの、その後の続巻は発売されたらすぐに買って読んでおりました。
 そんな中で、TV放映される「真田十勇士」の物語が、だんだん原作と違うストーリー展開になってきていることに、気づき始めました。
 時期は放映1年目の秋、原作本で言えば巻の二の中頃です。

 原作巻の二では、小笹の父・名古屋山三郎(→「勇士の恋の物語」参照)は、家康が駿府城に立ち寄ったところを単身で斬り込み、失敗して、そこで切腹して果てたことになっていました。
 ところがTVでは、山三郎は捕らえられたもののここでは死なず、結局どこかへ護送されたまま、そのエピソードはひとまず中断…。
 その後に刊行された原作本巻の三を見ると、実は山三郎は駿府城から抜け出して生きていた、ということになっていました。
 どうも、この辺りは、原作者が後からTVに合わせたような気がしないでもないのです。

 その次には、地獄百鬼の復活です。
 残念ながらTVのこの場面がどんなだったか思い出せませんが、原作の巻の二には見当たらないそのエピソードが、TV版の中で、物語の順序を言えば巻の二の中間にあたるところで挿入されていたようです。
 ただ、この地獄百鬼もまた、巻の三ではちゃんと復活しています。これはTVに合わせたのか、それとも原作者が先に想定していたのか、ちょっと判別できませんが。

 TV版で原作を改変していることが決定的に感じられたのは、巨鷲ゴンドラの登場です。
 原作では、死んだはずの巨鷲マンダラが佐助のために(才蔵のためではなく)生き返り活躍していますが、TVでは、マンダラの代わりに兄のゴンドラを才蔵の前に出現させています。
 そのいきさつをかいつまんで説明すると…
 江戸へ鎌之助と共に視察に来た才蔵は、マンダラの墓参りに立ち寄ります。そこでオウムのレッド(→「赤い鳥」参照)と再会し、レッドの案内で、ちょうど近くまで来ていた大阪屋惣兵衛と千代の父子を訪ねました。
 そんな折に、才蔵は、マンダラの墓の上空を旋回するマンダラそっくりの巨鷲を目にして、驚きの声をあげました。が、その鷲は、いきなり急降下すると、あっという間に幼い千代をさらって行ってしまいます。慌てて才蔵は後を追い千代を救出しようとしますが、凶暴な巨鷲は才蔵を寄せ付けず、さらに遠くへ飛んで行くのでした。
 その巨鷲の暴走を止めたのは、偶然そこへ飛来した三好清海の大凧でした。清海は、何がなんだかわからないまま、空中で巨鷲と小競り合い、巨鷲と大凧共々落下します。落下地点へようやく追いついた才蔵が清海たちを見つけました。清海と千代は無事でしたが、巨鷲の方は、負傷して、飛び上がることができず、ただ才蔵を睨みつけています。
 その様子がむしろ可愛く思えてきた才蔵は、「こいつを飼おう」と心に決め、その鷲がマンダラの兄だとレッドから知らされてからは、ますます愛着を強めていきます。やがて、巨鷲ゴンドラは才蔵に心を開き、ついにはマンダラと同じく、才蔵にとっての無二の相棒となるのでした。

 このゴンドラ登場のエピソードについて、都合がよすぎて不自然ではないかというご意見もあるでしょうが、マンダラが佐助のために生き返るという原作の筋書きを個人的主観的に受け入れられないわたしにとっては、むしろTV版オリジナルを支持したい気持ちです。マンダラが、才蔵のためではなく佐助のために生き返るというのでは、あの感動的な最期(→「目は涙」参照)は何だったのか、と悔しさと落胆が入り混じった気持ちにもなりますので。(原作者には申し訳ないですが。)
 ちなみに、佐助が巨鷲に乗って活躍する場面は、このしばらく後で、才蔵が佐助にゴンドラを貸したという形で、冬頃に放映されています。また原作の方は、巻の三で、マンダラがゴンドラと名を改めたということにしていますが、TV版との整合を図ったことは明らかでしょう。

 以上は放映1年目の秋から冬にかけてのエピソードですが、この辺りまでだったら、「どんな事情があって原作を変えたんだろう?」と、ちょっと不思議に思う程度でした。
 が、しかし、その後もストーリー展開の改変、オリジナルエピソードの挿入が続き、原作本巻の三あたりでいったん整合を図ったかと思えば、その後また両者異なる方向へ物語は進み、番組後半は原作と共通のエピソードがあまり見られなくなった覚えがあります。でも、亡霊とか妖術とか、非現実的な要素が多くなってきた点は同様という感じで、結局、原作の方もそれはそれで作風が変わったような気がしました。
 さらに、青河童など、本筋には関係ないマスコット的キャラクターが登場したり、ナレーターが酒井広アナウンサーから熊倉一雄さんに交代されたりしたこともあって、番組の雰囲気がどんどん変わっていくのを強く感じるようになりました。
 後になって考えれば、前述のエピソード改変は、番組の作風を変える走りだったのだろうと思います。

 放送開始当初、「真田十勇士」はシリアスな大人向け時代劇という路線で行くのかと思ったのですが、その路線を変更しようという意図が番組制作者にあったのでしょうか? 真相・詳細はわかりません。
 ただ、わたし個人の感想としては、原作の方がよかったと思う部分もあれば、改変されたTV版エピソードの方が好きだと思う部分もありますし、また、作風が変化する前にも後にも、「いいな」と思えるエピソードや場面が見られました。好い方向に変化したのか、つまらない方向に変化したのか、一概には言えませんね。

(2007.2.4記 2013.1.14、8.5-11、9.12修正)

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■ この記事の読者のコメント ■

投稿日付: 2007年 2月 4日
名  前: ナリスタ
路線変更、ありましたね
テーマ曲もハイテンポに変わりましたし何より熊倉一雄さんになってイメージが変わりました
マンダラ生き返っちゃった!、はすがや版コミックではたったひとコマ;;
マンダラの最期はちゃんと描いたので、ちょっとあんまりな印象があります
TVの方では,才蔵を憎むゴンドラに,マンダラが才蔵を恨まないで、と語りかけるシーンがあったと思います


投稿日付: 2007年 2月 6日
名  前: みわ(管理人)
こんばんは、ナリスタさん。
コメントありがとうございました。

>TVの方では,才蔵を憎むゴンドラに,マンダラが才蔵を恨まないで、と
>語りかけるシーンがあったと思います

ありましたね〜 ハイ、ちゃんと覚えています。
嵐の夜、ゴンドラは、才蔵の許から逃げ出しちゃうんですが、
飛び続け、疲れて、マンダラのお墓の前に来て眠るのです。
その時、マンダラが語りかけるんですね。
マンダラの心が通じて、ゴンドラは才蔵の所に帰りました。


投稿日付: 2008年 6月 29日
名  前: 柴田 乱三郎
路線変更の裏で、NHKと柴錬さんとの間で確執があったのではないかと私は推測しています。

「新八犬伝」に比べると、シリアス過ぎてユーモアに欠けていたのは否めません。
視聴率の為にNHKがテコ入れしたと言うのは理解できますが、原作者・柴錬さんにとっては不服だったのではないでしょうか?

柴錬さんは当初、「真田十勇士」の放映にかなり熱意があったと聞いています。
それだけに、視聴率が低迷している現状打破の路線変更には納得し切れなかったかと思われます。

ほぼ同時進行だった原作とTV放映はストーリーが次第に大幅に変わってしまい、原作本の方は段々と内容が大味になり、矛盾の多い文章も散見し、明らかに柴錬さんが飽きたか、投げてしまったかのような印象を私は当時感じました。

発表した作品が一人歩きして、原作者の持っていた本来像からかけ離れてしまうという例はよくあります。
柴錬さんもそういう気持ちになったかもしれませんね。

真相はどうだったのでしょうか?

個人的には当初のシリアス路線が好きだったので、コミカル路線はなじめず次第にTVも見なくなりました。


投稿日付: 2008年 6月 30日
名  前: みわ(管理人)
>柴錬さんにとっては不服だった…
当事のわたしは、そこまでは考えられませんでしたが、今にして思えば、あり得ますね、そうだったかもしれません。
原作本の内容が、段々まとまりがなく散漫な印象を受けるようになったなとはわたしも感じてはいたのですが…。

TV版のコミカル路線には、わたしもなじめませんでした。
どうも、ギャグが浮いているというか、シリアスとのギャップが激しく、白けてしまいがちだった気がします。
それでも、コミカル一色になったわけではなく、印象に残るシリアス場面が多々ありましたから、最後まで見続けておりました。
同様に、当事の低学年視聴者の中には、コミカル部分だけ覚えている…という人もいるかもしれません。
あえて物語全体を見ず、視聴者が個々のエピソード・場面ごとに捉えることを想定して、幅広い視聴者層を獲得しようと狙ったために、このような作風にならざるを得なかったのかもしれません。(考えすぎ?)


(コメント受付は締め切りました。)

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