ホーム ニュース 地球アーカイブ 地球とは? ご意見・ご感想 寄稿

第116号

2012年6月8日

「問われている絵画(107)-絵画への接近27-」 薗部 雄作

 

 影響を受けるということは、描き方やスタイルが似ているという結果的なことだけではなく、そのまえに物を見る目が…美意識がすでに当のものに染まっているのだ。だから風景を描く場合でも、すでに眼のなかにセザンヌやゴッホが住みついており、無意識のうちにも彼らの眼によってモチーフを選んだり構図をきめたりしている。しかし、わが国の風景は西洋の風景とは同じではない。どこかしら一致感のない思いもあるのではあるが、しかしそんなことはたいして意に介せずに描くのであった。だからそこにはたしかにセザンヌやゴッホなどの影響の痕跡はある。けれども風景を描くということは、彼らの絵を模写するのとは違い、目の前の風景とじかに向き合う。そして描いて再現しようとするわけであるから、それは写真のように一瞬にして写すというわけにはいかない。筆で風景全部に触れながら再現してゆく。そのときは風景のなかに入り込んでゆき、風景と合体するかのような体験をする。それが描く快感でもあった。だから描いた〈風景〉は心に刻まれる。その〈風景〉はもはやセザンヌでもゴッホでもない。そのときはとくに意識していたわけではないが、それは大気のなかで生き生きとした木々や大地や家々などが発散している目に見えない微粒子…風景の心のようなものと、わたしの根源…心とが交じりあって一体になったような感覚だったのだと思う。そしてそのくり繰り返しの経験のうちに、その感覚は、わたしの内部に眠っていた何かをゆり起こし、そして少しずつそれを意識させていったのだと思う。その後のながい変転の生活のなかにおいても、消えかかった自己を取り戻そうとするときには、いつでもその感覚を呼び起こそうとしたのであった。

 

 それは言葉になりにくい感覚であった。そしてその感覚を感じるのは風景からだけではく、他のいろいろなものからも感じられる感覚であった。だからもちろん芸術作品を見るときにもそうで、それが感じられるか感じられないかが重要なポイントになっていったのであった。作品を見た瞬間それがあるものとないものとが目につき、そしてあるものの方により重要な意味を感じるという判断が、まずなされてしまうのである。けれどもまた、すぐれ作品のほとんどには──その感じに濃淡はあるが──それがあるのであった。だからその感覚は風景からだけではなく、いろいろな芸術作品からも受けていて、それらはまじりあってわたしに作用したのだと思う。そもそも何かに感動するということ自体が、すでに意識をこえて、わたしたちの内奥の何かをゆり動かすことであろう。

 たとえば、これはかなり後になってからのことであるが、上野の美術館で若冲展を見たとき(一九七一年九月二十四日)──そのときわたしは初めて若冲の「動植綵絵の原画を見た──絵を前にして強く感じたのもその感覚であった。それが強かったので、わたしはその場でメモを書いている。「若冲の画面には普通の日本画のようにムードとか文学的な味付けがない。したがって、それは叙情でも詠嘆でもなく、絵画そのもの、驚くほど現代のわれわれにも迫真性をもって迫ってくる造形性をもっている。それは何かといえば、執拗に描き込まれた花、鳥、魚など、また過剰なほどに描き込まれた物象の氾濫。そして、それぞれのモチーフは完璧に描き込まれ、またある種の様式性をも獲得し、画面の完結性をそなえている。花や鳥はほかの何ものでもなく、それは花そのもの、鳥そのものに迫ることによって成立している。その充実性あるいは自我性…自我性とは、概念や他人の視覚を拒絶して物そのものを直視することである。自分の視覚をもって彼は描いているということ。それは異様に困難な細部をもち、手にあまるような物であるかもしれないが、その視覚を表現するためには省略は許されない。その執念のような描写力と表現力。」と書かれている。このとき、わたしがとくに目を見はったのは「牡丹小禽図」の描写力と画面の密集度であった。

 

image
牡丹小禽図(部分)

 

image
伊藤若冲 牡丹小禽図

 

 描写力もさることながら、わたしが真っ先に若冲から受けた印象は、この「自我性」であった。しかしこの「自我性」という言葉は、わたしの感じた感覚をピッタリ言い表していない。なにしろその感覚は言葉にはならないある感じなので……。それに絵の前でとっさに書きつけたので言葉を選ぶひまはない。けれども、今でもピッタリした言葉は見つからない。しかしすぐれた作品のほとんどにはこの〈感じ〉があるのであった。というより、この感じのあるものがよい作品の確かな証拠のように思えるのであった。それをあえて言いあらわそうとすれば、すでにたびたび言っているように、誰の見方あるいは誰の眼でもない、彼自身の眼で世界…〈物〉を見ている、あるいは感じているという〈感覚〉である。それが画面に如実に──しかしそれは具体的に「これがそれだ」というように指をさして言えないある感じ──だからもしかしたら、作品には感動しても、それを意識しない人もいるかもれない。なにしろ具体的にその〈感じ〉そのものが描かれているわけではないのだから。

 岸田劉生は、彼の感じている「内なる美」について、それはそれ自身で現前しているわけではなく「形に宿り形を体しているが、そのもっとも大切な域は無形にある。見る人になんらの形を借りずに(と感じられる)人に迫る唯心的な領域である」「少なくとももっとも深い美の有無はこの感じの有無にある」といっている。わたしの感じたものは劉生のいう「内なる美」とはやや異なるが、やはり類縁関係の何かであるように思う。あるいはオリジナリティーということであるかもしれない。けれどもオリジナリティーというと作品の独自性が強調されるので、それともまたニュアンスが少し違う。むしろそれはもっと能動性…生きて動く根源の目、また感性というようなところもある。

 

 わたしたちは同じものを見ていても、それぞれ微妙に違うものを見ていることが多いのだ。だからこそ芸術にもかくも多様な表現があるのだろう。そしてまた、いつの時代にも亜流はかぎりなく多いが、オリジナルな作品の少ないゆえんかもしれない。彼自身の目で直接対象…世界を見ないかぎりオリジナルな作品は生まれない。いずれにしても、わたしたちは時代風潮や知識に左右されやすく、自分自身の目で物を見るということが意外に少ないのだ。そういうことにいらだって言ったのであろうか。小林秀雄なども「人間が現れるまで待っていたら、その人間は諸君にいうであろう。君は君自身でいたまえと。一流の思想家というものは、それ以外の忠告はしない」といっている。そして小林秀雄の訳したヴァレリイの「テスト氏」のなかには「僕たちには、他人の考えの表現にしたがって理解することが、むやみに多すぎるということだ」という言葉がある。表現の正確さということをきわめて重要視するヴァレリイは、『テスト氏』の序文で「思想──おのれの核による──持続し増大するためには、出来るだけのことをした。容易なことは、すべて無視した。ほとんど敵視した」と言っている。『テスト氏』の冒頭には「デカルトの生涯は最も簡単な物である……」というエピグラムがある。そしてデカルトもまた『方法序説』のなかで、「いままでただ前例と習慣によってしか説きつけられてこなかったことは、何一つあまり固く信じ込まないようにしよう、と学んだことです。」そして「こうしたたくさんの迷いから少しずつ自分を解き放し」た。それは「こうした迷いこそわたしたちの生まれながらの光をくらまし」て、つまりおのれの核に根ざした視点や思考形成をくもらして「理を悟る力量を乏しくするおそれがあるものなのです。」そして「ある日決心を固めて私自身のなかに──おのれの核のなか──に入ってもまた勉強することにし、精神力をかたむけつくして、私のたどるべき道を選ぼうとしたのです」といっている。ゲーテもまた「素質は意志によって訓練され、意志によって高められねばならない。」といっている。後年…つまり成長の過程でこれらの言葉に共感したり力づけられたりしたのも、わたしも同様なことを、わたしなりに暗中模索の苦労をしてきたからだと思う。というのも、これらのことは、ある地点からはもう手本というものがなく、各自が自分で模索しなければならないからである。そして素質とか才能とかは、たしかにその影響はあるかもしれないが、ただそのままでは成長も開花もおぼつかない。やはり意志によって鍛えられ育てられなければならない。

 

 三月から四月にかけての学期末の休みは、わたしもいっそう絵にのめり込む時期だ。松やモミジの木におおわれた〈離れ〉の薄暗い障子明かりなかで、とりとめのない夢想的な一日も終わり、夕暮れ時になって庭先へ出ると、あたり一面は菜の花が黄色い海のように咲きひろがっている。一本の古い桜の木も満開だ。その桜の花の下に立って西の方を眺めると、はるかな山なみへ太陽が沈みかかっている。少しずつ欠けてゆきやがて全部が向こう側へ落ちていった。するとあたりにはきゅうに夜の気配が漂いはじめる。どこからともなく流れ込んでくる薄墨のような靄が刻々と濃度を増してゆく。そんな視界のなかで菜の花だけが遠くまで明るく浮かんで見える。昼のうちに浴びた太陽の光が、今もなお花たちを明るましているのだろうか。遠くに点在した人家や木立ちも夕闇へ没した。花だけが音のない黄色い波のように足もへ寄せている。わたしは恍惚とした忘我状態のまましばしそこにたたずむのであった。その光景が印象的であったので、その後二枚の小さな絵を描いている。その絵をいま見ると、そのときの情景と心理がよみがえってくる。しかし記憶のなかの夢幻的な雰囲気は片鱗しかあらわれていない。描くという行為のなかに、すでに素材の影響や造形的修正がくわえられていて、やや別のものになっているのであろうか。

 

 

 

「負けること勝つこと(72)」 浅田 和幸

「「科学の世界」をどう位置づけるか」 深瀬 久敬

【編集あとがき】

- もどる -

編集発行:人間地球社会倶楽部

Copyright © Chikyu All rights reserved.
論文募集