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第130号

2016年3月17日

「負けること勝つこと(86)」 浅田 和幸

 

 この原稿を書いている3月、アメリカではこの秋の大統領選に向けての共和党、民主党の二つの政党の大統領候補を決めるための予備選挙が各州で実施されています。

特に、つい先日の三月一日には、「スーパー・チューズデイ」という名前で、全米の十一州で予備選挙が行われ、日本でも大きくニュースに取り上げられました。

この予備選挙で勝利した共和党、民主党の各候補が、秋の大統領選挙に立候補し、最終的に勝利した候補者がアメリカ大統領になるというのが、アメリカの大統領選挙の仕組みということです。

つまり、現在戦われている予備選挙に名前を連ねている候補者の一人が、秋にはアメリカ大統領になるわけで、世界最強の軍事力と経済力を持っているアメリカのリーダーを選ぶという意味では、単にアメリカ国内の問題ではなく、世界の多くの国々にとっても、非常に関心の高い話題です。

八年前の予備選挙では、黒人の初の大統領候補ということで、現大統領のオバマ氏の動向が大きな話題となっていました。その四年後は、民主党の候補者として女性初の大統領候補ということで、ヒラリー・クリントン氏と黒人初の大統領候補オバマ氏との対決に、世界も注目していました。

結果は、いずれもオバマ氏が勝利し、黒人初の大統領になったわけですが、今回の選挙は、ポスト・オバマとして名乗りを上げた民主党候補で、女性初の大統領候補ヒラリー・クリントン氏よりも、共和党では不動産王として名高い実業家のトランプ候補と民主党では、自らを「民主社会主義者」と名乗るサンダース候補に注目が集まっています。

特に、共和党の候補者ドナルド・トランプ氏は、予備選挙に立候補を表明した当初の段階では、泡まつ候補の一人と考えられ、その後の過激な発言や差別的な発言により、途中で消えるものと予想した大多数の評論家やジャーナリストの予測を裏切り、現段階では共和党の大統領候補の大本命になっています。

過去の大統領予備選挙を振り返ってみると、当初は国民の人気を得て、有力候補にのし上がりながら、長期間に渡って続く予備選の戦いの中で、教養の無さやスキャンダルといったものにより、厳しく淘汰されていき、最終的には無難な人間が候補者に残ることになりました。

今回も、当初はほとんどの人たちが、トランプ候補はトリック・スター=道化師で、選挙戦が続く中で、やがて化けの皮が剥がされ、退場していくだろうと予想していました。

ところが、そういった良識ある人たちの予想を裏切り、過激で差別的な発言を行えば行うほど、支持者が増えて行くという皮肉な結果になっています。

最初は、道化師として面白がっていたマスコミも、いつの間にか大本命へとのし上がり、道化ではなく、恐ろしい怪物に成長しつつあるトランプ氏に脅威を感じ始めています。

勿論、共和党の予備選挙に勝利し、大統領候補になっても、民主党の候補との一騎打ちで勝利しないことには、アメリカ大統領にはなれませんが、ただ、泡まつ候補といった笑いの対象ではなく、「ひょっとしたらなるかも知れない」といったシリアスな展開になっていることは否定できません。

同様に、民主党の候補サンダース氏も、ある意味過激な発言により、多くの若者を惹きつけています。それが、「民主社会主義者」を名乗ることです。

かつて、千九百五十年代の米ソ対立の冷戦の時代、アメリカの上院議員のマッカーシーによるマッカーシー旋風=「赤狩り」の時代であったなら、大統領候補どころか、牢獄に繋がれる可能性のある宣言を彼は堂々と行っています。

「民主社会主義者」という言葉は、日本では耳慣れないものですが、日本流に直せば「社会民主主義者」ということです。ベルリンの壁の崩壊、ソ連の崩壊により、社会主義・共産主義は思想的に終わったと言われましたが、ところがどっこい、資本主義の本丸アメリカ合衆国で復活したということです。

サンダース氏の主張は明快です。アメリカの厳しい格差社会を温存させているのは金融の中心地ウォール街の人間で、彼らの強欲な経済活動が、かつてあった中間層を破壊し、一部のほんの一握りの金持ちと大多数の貧困者を生み出しているというのです。

そして、この歪んだ格差を直すためには、ウォール街の強欲な経済活動を止め、国民の社会福祉を増進させることで、再び豊かで公平なアメリカ社会を再生するというのです。

実は、トランプ氏も、表現は違いますが、同じようなことを言っています。それは、「偉大なアメリカを取り戻す」という主張です。彼は、現在のアメリカはかつての偉大さを失い、自信喪失していると訴えます。その結果、世界からの尊敬の念も消え、馬鹿にされるようになったと訴えます。

そして、自分が大統領になれば、かつての「偉大さ」を取り戻し、再び、全世界から尊敬され、畏れられる偉大な国家になれると主張します。

ただ、具体的な方策については何一つ言ってはいません。あくまでもスローガンとしての「偉大な国への復活」です。そのためには、アメリカに不利益を与える国家や民族を悪しざまに罵るのです。

これまでの大統領候補であれば、そういった憎悪剥き出しの言説を発すれば、大多数の国民から大統領不適格者と名指され、候補から消えて行ったのですが、反対にトランプ氏は、過激で差別的な発言をすればするほど、人気が出るという皮肉な結果になっています。

これは、アメリカ人の意識が変化してきたということではないでしょうか。つまり、建前だけでは済まない、本音を明確に打ち出さない限り、納得いかない人たちが増えているということです。

サンダース氏の発言も、トランプ氏の発言も、ある意味、非常に過激であり、極端なものです。特に、サンダース氏などは、「革命」といった言葉を使っています。

これまでなら、こういう過激で極端な言説は、アメリカ国民から見ると現状を破壊する危険な言説ということで、それを否定することが安定した生活を営めることだと思っていたように思えます。

ところが、現状は、そういう安定や平穏な生活とは無縁の、非常に厳しく、不安定な状況にあると感ずる人たちが増えているのです。ある日突然、職を失い、その結果、家も家族も失い、路上生活者に転落するかも知れないという恐怖から逃れられないのです。

以前は、「誰でも豊かになれる・誰でも成功できるチャンスの国アメリカ」として、夢を語れたものが、現状では、「誰でも貧困に落ち込む・誰でもホームレスに落ち込むチャンスの国アメリカ」として、悪夢に怯える日々が人々を不安に駆り立てているのです。

その結果、現状を維持するのではなく、現状を破壊してくれるリーダーに惹かれるのです。それは、大多数のアメリカ人にとって、現状は不満足であり、不幸であり、それが今後も維持されることを望んでいないためです。

「革命」という言葉が、アメリカの大統領選挙で発せられること自体、大多数のアメリカ人にとって、現状には我慢ならないという感情が澱のように溜まっているということでしょう。

それは、トランプ氏を支持するアメリカ人も同様です。具体的な方策はありませんが、「偉大なアメリカを取り戻す」という過程で、自分たちが失った自尊心を取り戻せると思っているのです。

かつての偉大なアメリカ、富と繁栄に満ち溢れ、誰もが成功のチャンスを手にすることが出来たアメリカ。世界から尊敬され、その強大な軍事力と富の前に世界が跪いたアメリカ。

その幻のようなアメリカを復活させてくれるリーダーとして、トランプ氏の過激で差別的で強引な演説は、まさにピッタリの言葉だったということです。

いずれにしても、現在のアメリカの支配者層=エスタブリッシュメントでは、この鬱屈した気分や絶望的な格差を解消してくれる力は無いと信ずる人たちが、サンダース氏とトランプ氏に投票していることは間違いないようです。

それを如実に示したのが、ブッシュ一族で父親、兄に続いて、大統領になろうとしたジェブ・ブッシュフロリダ州知事の予備選撤退でした。

当初、民主党のヒラリー・クリントン氏に対抗する共和党の保守本流が推す有力候補と評され、本人もその気になっていたようですが、予備選が始まっても一向に支持は伸びず、スーパー・チューズデイを前にして、選挙戦からの撤退を表明しました。

正直なところ、本人が一番驚いているかもしれません。ブッシュ家の名前を使い、共和党の大統領候補として、三度、その名前が呼ばれるものと思っていたことでしょう。

ところが、現実は全く正反対でした。逆に、その名前が彼の大統領候補になることを邪魔したのでした。つまり、彼は「エスタブリッシュメントの親玉」として、それを唾棄すべき象徴と考える人たちの憎悪の対象になったのでした。

完全にアメリカ社会を読み違えたということです。多分、もうこれで彼が大統領選に出ることは無いと思いますが、これほどのアメリカ社会の変化に彼を含め、本流に位置している人たちは、一様に戸惑っているように思えます。

さて、トランプ氏の演説をテレビで見ながら、わたしは過去の映像がフラッシュバックのように蘇ってきました。トランプ氏の映像は、リアルタイムで見ていますが、蘇って来た映像は、わたしの生まれる前の時代のものです。

 それは、第二次世界大戦前のドイツの映像です。そう、ナチス党を率いて第二次世界大戦を起こしたヒトラーの映像です。勿論、姿かたちは違っています。ただ、漂う雰囲気が似ているのです。

 実は、ヒトラー率いるナチス党は、ロシアのレーニンがソビエト連邦を作ったような武力革命により権力を奪取したわけではありません。

 彼らナチス党は選挙を通じて権力を奪取したのでした。当時のドイツには、ワイマール憲法が存在し、現代の日本国憲法にも通ずるような、平和で民主的な国家運営が行われていました。

 だから、ナチス党も最初は、総選挙を戦い、議員数を増やしていくといった民主主義的な方法で、勢力を伸ばしていったのでした。そういう意味では、武力革命による権力奪取のソビエト共産党とは、根本的に違っています。

 ただ、議員数を増やし、過半数を制した辺りから、それまでの民主的な方法は姿を消します。多数決により、少数意見を弾圧すると共に、ナチス党にとって邪魔になる勢力を、根こそぎ排除していきます。

 その結果、ナチス党の総統であるヒトラーによる独裁国家が生み出されることとなりました。つまり、これは選挙という合法的手段で独裁国家が生まれるという悪夢のようなパラドックスでした。

 それでは、ヒトラーはなにを国民に訴えたのでしょうか?それは「偉大なるゲルマン民族の国ドイツの復活」でした。第一次世界大戦で、ドイツは敗北し、国王も退位し、ワイマール共和国が生まれますが、敗北の責任により巨額の賠償金の支払いのために、ハイパーインフレに襲われたドイツ国民の戦後は厳しいものでした。

 その結果、ドイツ国民の間には、戦勝国であるフランスやイギリスへの復讐心と言ったものが醸成されたのでした。更に、第一次世界大戦後、ロシアのロマノフ王政を滅ぼしたソビエト連邦の影響を受け、ドイツでもドイツ共産党が政権奪取を図ろうと言った動きも活発でした。

 そこに現れたのがナチス党でした。当初は、笑いものにされていた泡まつ政党でしたが、国民の不満を糧にして、その勢いはぐんぐんと増していったのでした。

 その時に語られたものが、「偉大なゲルマン民族の国ドイツの復活」でした。経済的に疲弊し、精神的にもダメージを受けていた多くのドイツ国民にとって、このメッセージは、誠に力強く心に響いたのでした。

 また、共産主義と対抗するために、労働者の雇用を確保するといつた政策も綱領に掲げ、実際、公共事業を行うことで、経済的に破綻したドイツ経済を立て直すと言ったことにも着手したのでした。

 これが、ナチス党の躍進の原動力でした。敗戦によって自信を喪失していた国民の自尊意識に新たな目標を与えると共に、失業者には新たな職を与えるという政策により、ある意味、極めて暴力的なやり方で反対者を抹殺したにも関わらず、国民の支持の離反が生じなかったのでした。

 ここまで書いてきて、このナチス党が勢力を増していく時代と現代がなにかに通っている雰囲気を持っていることに気が付きました。それは、ある意味閉塞した時代状況ということです。

 現状に対する不満を抱えた国民が増大している中、その国民の不満を解消する手段を持っていない政府及び政治家が君臨しているという点です。

 権力の座に就いているエスタブリッシュメント達は、自分たちの既得権益を守ることに汲々として、国民の抱えている不満を見ないようにしています。

 その無策な状態は、当初は、多くの国民に無力感を与えますが、その状態が継続され、更に、現状が厳しいものに変化していく過程で、無力感が怒りに変わるのです。

 しかし、その怒りに変わったことを感じない支配者たちは、一向に現状を改めることもせず、無策のまま放置して行く内に、ある日、突然、人々が反抗的になり、自分たちに敵意を剥き出しにして、攻撃的になることに気付くのです。

 そして、その時になって初めて、人々に向け、これまでの無策を反省し、打開策を講ずることを宣言するのですが、すでに時は遅し。もう、彼らの言葉を信ずるものはいないといった事態に陥るのです。

 まさに、現在のアメリカがそうではないでしょうか。エスタブリッシュメント達に対する反乱が始まったということです。ただ、まだ事態が深刻でないのは、アメリカはドイツのように単一民族が主流を占めている国ではないからです。

 ナチス党が支配したドイツでは、ゲルマン民族の後衛であるドイツ人が多数派であり、国内に住むユダヤ人を始めとする異民族は少数派でした。

 そのためドイツを支配したナチス党により、国内の少数民族の弾圧は易々と実施され、ユダヤ人を含め、多くの異民族が犠牲となりました。

 しかし、アメリカは移民の国。一つの民族で出来上がった国家ではありません。ヨーロッパをルーツに持つ人だけでなく、アフリカ、中南米、アジアといった様々な地域をルーツに持つ人によって構成された国です。

 更には、ヨーロッパをルーツに持つ人たちより、現状では、それ以外の地域をルーツに持つ国民が多くなっている点を考慮すれば、トランプ氏のようにアフリカ系、ラテン系、イスラム系、アジア系の人々を差別する人間が、大統領に選ばれる可能性は低いと言わざるを得ません。

 この後のストーリーとして考えられるものは、民主党のクリントン氏がサンダース氏に勝利し、更には、トランプ氏を破り、従来のエスタブリッシュメントの一人であるクリントン氏が大統領になることでしょう。

 しかし、彼女が大統領になったからといって、アメリカの抱えている問題が解決するわけではありません。いや、解決するどころか、更に深刻になっていく可能性だってあるのです。

 つまり、一時的には元の平穏な日常に戻るように見えながら、その背後では更なる不満や不信や怒りが渦巻いており、それが勢いを増して行く事も十分に予想されるということです。

 つまり、問題の解決は単に未来に先延ばされただけで、四年後、それはもっと強烈で凄まじい勢いで、表面に噴出してくる可能性があるということです。

 ベルリンの壁が壊され、ソ連が崩壊し、それまでの冷戦構造が消滅した時、多くの人々は、これで平和で豊かな資本主義社会が実現できると喜びました。

 しかし、その後の歩みを振り返ってみれば、世界各地で特に発展途上国で紛争が頻発し、先進国では、それまで中間層として豊かさを享受していた人々が急激に減少し、中間層から下層へと墜ちて行き、貧困に苦しむ人たちが急激に増大しているのです。

 そして、一度は否定された社会主義的思想が、貧困問題解決のために再び脚光を浴びることになっています。なにか歴史の歯車が逆転しているような現状を前に、わたしはある種慄きのような感情を抑えることが出来ません。



「問われている絵画(121)-絵画への接近41-」 薗部 雄作

「感性から全人格性の時代へ」 深瀬 久敬

【編集あとがき】

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編集発行:人間地球社会倶楽部

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