日本と韓国との関係の悪化が連日報道されています。そのきっかけが、戦前の日本企業が行った「徴用工」の補償に関して、韓国の最高裁が個人の請求権を認め、当該日本企業が請求に応じない場合は、韓国内にある企業の財産等を差し押さえる判決を下したことが背景にあるようです。
その対抗手段(日本政府は公式には宣言していませんが)として、これまでの韓国の貿易管理に不備があることを理由に、貿易に関してのホワイト国からの除外を通知し、その後、審査等を厳格化したことで、韓国国内で日本政府=安倍政権に対しての反発が強まり、日本製品の不買運動といった社会問題へとエスカレートしています。
この韓国国内の反発に対して、日本国内でも以前からあった嫌韓感情を煽るような報道やコメントがマスメディアやSNS等で盛んになり、一部マスコミは過激な表現で韓国を名指しで批判するといった泥仕合を呈しています。
正直なところ、どちらが悪いかといった感情論ではなく、冷静に判断し、対処すべき問題であるように思いますが、そういった冷静な議論より、感情論を前面に出し、非難の応酬を繰り返す方が心地よいのか、大勢はそちらの方へと流れて行っています。
そこで、ここでは感情論や歴史観の違いといったことを一度横に置いて、もう少し全体を俯瞰的に眺めて見てみたいと考えています。まず、日本と韓国に問題を限定するのではなく、東アジア情勢の変化という視点で眺めてみることにします。
第二次世界大戦が終結した後、それまで反ファシズム戦線としてナチスドイツ、イタリア、日本と戦っていた国々が、イデオロギーの違いにより二分割されることになりました。これが、わたしが生まれた千九百五十一年頃までに、アメリカを中心とした資本主義経済体制の国々とソ連を中心にした社会主義経済体制の国々とに分断され、「冷戦」と呼ばれる準戦争状態に固定化されつつありました。
ヨーロッパ大陸では、ドイツが東ドイツと西ドイツに分割され、東アジアにおいてはベトナムが北ベトナム、南ベトナム、中国が、中華人民共和国と台湾にある中華民国に、朝鮮半島では大韓民国と朝鮮人民共和国といったように、世界各地で分断と対立が激化していました。
しかし、千九百八十年代後半以降、ソ連が急速に力を失い、ついにはソ連崩壊、ロシア誕生に至ることで、ドイツの分断も終結し、現在のように統一したドイツが誕生しました。それが、三十年ほど前の出来事でした。
ただ、ヨーロッパでの動きは、東アジアには伝わって来ませんでした。朝鮮半島の分断は、その後も続き、現在に至っても、まだ二つの国がそれぞれ存在しているのです。
ソ連が崩壊したと機を同じに、中国も大きく変化し始めました。当時は、農業が中心で、経済的にも大きく遅れていた中国。それが、この三十年間で、アメリカと比するような経済大国に変貌を遂げたのでした。
この中国の台頭は、東アジアの国々にも大きな影響を与え、それにより東アジアの安全保障体制も大きく変化を遂げているにも関わらず、わたしたち日本人の大部分は、まだ、わたしが生まれた時代の「冷戦」から脱却していないように見えるのです。
このことは言葉を変えると次のようになります。「わたしたち日本人は『冷戦』というレンズを通して東アジアを見ている」と。つまり、時代が変化し、状況が大きく変化しているにも関わらず、それを直視せず、かつてのイメージや印象に基づき、変化を認めようとはしないということです。
さて、ここで問題です。現在、日本にアメリカ軍が駐留していますが、その数はどれぐらいでしょうか?勿論、沖縄の基地を含めてです。多分、多くの方たちの頭に浮かぶ数字は、三万〜五万人といったところでしようか。
しかし、答えは在日の米海兵隊は一万九千三百人弱、更にそのほとんどが補給、病院、司令部の要員で、地上歩兵部隊は一個大隊九百七十人、それに短い滑走路で離陸可能なF35戦闘機六機、大砲六門、ヘリコプター、オスプレイ計二十五機、装甲車約三十車両などが付いて、二千二百人余りの「第三十一海兵遠征隊」だけです。
そして、この遠征隊は、佐世保基地を母港の揚陸艦四隻に乗り、米第七艦隊の陸戦隊として、南太平洋、インド洋の各地巡航しており、戦車がないので、もし、本格的な戦争になれば、海外の在留米国人を避難させるのに精一杯の陣容とのことです。
わたしたちは、日本はアメリカ軍によって守られている。もし、有事が勃発すれば、アメリカ軍が戦ってくれるなどと勝手に思い込んでいますが、実は、それはある種の洗脳により、現実を直視しないように慣らされた結果なのです。
トランプ大統領が、今年の六月にFОXビジネスネットワークのインタビューで「もし日本が攻撃されれば米国の私たちの命と財産をかけて日本人を助けるために戦闘に参加する。もし米国が攻撃されても日本は私たちを助ける必要は全くない。米国の攻撃をソニーのテレビで見ることができる」と日米安保体制の不公平を強調しましたが、上記に上げた実戦部隊しか派遣していないアメリカ軍が、日本を守るなど到底考えられないことは一目瞭然です。
現在の日本を防衛しているのは、アメリカ軍ではなく、陸上自衛隊十三万八千人余、戦車六百七十車両、ヘリコプター三百七十機であることをわたしたち日本人は知っておく必要があると思います。
確かに、わたしが生まれた千九百五十一年当時は、日本の防衛を担っていたのはアメリカ軍でした。千九百四十五年八月十五日以降、日本陸海軍解散させられ、アメリカが占領軍として日本に駐留している間は、アメリカの支配下に置かれていた以上、当然の事でした。
それが、五十一年のサンフランシスコ講和条約を締結し、アメリカ軍が占領を解いた後、現在の自衛隊に繋がる自国防衛組織が誕生し、空軍に関しては、千九百五十九年に、在日アメリカ軍より航空自衛隊が日本の防空任務の引き継げを受けて以降、米空軍は日本の防衛には一切関与せず、約三百三十機の日本の戦闘機や対空ミサイルが防衛に当たっています。
つまり、六十年の日米安全保障条約改正問題が、大きな問題として日本社会を揺さぶっていた頃、実は、もう日本の空の防衛は、日本の自衛隊が担っており、アメリカから手が離れていたということです。しかし、それを知っていた日本人は当時どれほどいたのでしょうか?
そして、こういった詳しい内容が明らかにされぬまま、大多数の日本人は、アメリカ軍が日本を守ってくれているという幻想を信じ込まされて来たのでした。
勿論、核兵器に関しては現在もアメリカの核の傘の下におります。それは、日本が核兵器を保有せず、アメリカの戦略的核構想に組み入れられている以上、アメリカを抜きにした核防衛は不可能だからです。
ただ、通常の戦闘ということに関しては、アメリカ軍の果たす役割はほとんど無いというのが現実です。実際、日本の領土内で戦争が起こった場合、まず出動するのは自衛隊です。アメリカ軍が参加することがあったとしても、それは随分と日時が経過した後になります。(一番近くても、アメリカ海兵隊の派遣はグアム島からとなる)
なぜ、わたしたちはこういう幻想を信じ込まされて来たのでしょうか?アメリカが日本を守るという物語は、誰にとって都合の良い物語だったのでしょうか?
ここからはわたしの推測ですが、この幻想を維持してきたのは、日米両国にとって都合の良い物語だったからだと思います。まず、アメリカ。理由は、冷戦中と冷戦後で違ってはいますが、どちらもメリットがありました。
冷戦中のメリットは、自国の軍隊を駐留するための基地の確保でした。朝鮮半島、中国大陸と対峙する上で、日本列島の軍事的価値は大きかったのです。
特に、沖縄は、朝鮮半島の有事の際には重要な拠点として、アメリカの軍事戦略に大きく貢献していたのでした。そこで、真の目的を隠し、日本を防衛するという名目で、軍隊を駐留させる必要があったのでした。
冷戦後のメリットは、経費を日本が負担してくれる経済的なメリットが中心でした。アメリカも財政赤字に苦しみ、軍事費の削減という厳しい現実を前に、日本が在日米軍の駐留費の七十五%近くを負担してくれているというのは魅力的でした。
まだ、朝鮮半島には冷戦の火種は残っていましたが、ソ連の崩壊、中国の世界の工場への転身ということで、東アジアの軍事的緊張が減少していく中で、日本の財政的負担は議会に対しても都合の良い言い訳となったのでした。
それでは日本にとってのメリットはなんだったのでしょうか? 戦後日本は新しい憲法により戦争放棄を宣言しました。しかし、冷戦が深刻化していく中で、アメリカからは再軍備の要請がありました。しかし、当時の吉田内閣は、経済復興を最重要課題と位置づけ、再軍備に消極的で自衛隊による軽武装を選択したのでした。
それにより軍事費の負担は軽くなり、その後の高度経済成長を成功させる要因となったのでした。その代り、アメリカ軍には基地を提供し、日本を防衛してくれているという物語を国民に流布させたのでした。
これは成功しました。現代に至るまで、日本各地に米軍の基地が置かれ、そこは治外法権として日本の中のアメリカになっています。ただ、この現実に異議を唱える日本人は少数です。それは、日本人の大多数はアメリカ軍が日本を防衛しているという物語を信じ込んでいるからです。
冷戦後のメリットは日本の支配者たち=政治家、官僚、文化人等が現状の変更を認めず、現状維持を守りたかったからです。本来、冷戦の際に仮想敵国として考えられてきたソ連が崩壊し、中国の市場開放により、それまでの東アジアの安全保障環境は大きく変化したことになります。
ところが、日本の支配者たちは、朝鮮半島が分断している事実があることで、冷戦がまだ続いているという錯覚を利用して、冷戦中に行ってきた安全保障の取り組みをそのまま継続していくことをメリットと考え、現状の変更に着手しなかったのでした。
そして、この現状維持体制により、日本はより一層アメリカとの結びつきを強め、アメリカの軍事力を背景にして、東アジアの安全保障をコントロールして来たのでした。
北朝鮮の脅威は米韓日同盟で、中国の軍事力に対してはアメリカ軍と共同作戦を行うことで対抗していくというシナリオを基に、東西冷戦が終結した後も、日本は冷戦中の枠組みの中で、東アジアの安全保障を維持してきたのでした。
ところが、この戦略が現在アメリカからも、韓国からもNОを突き付けられているのです。アメリカのトランプ大統領は、北朝鮮の短距離、中距離ミサイルについては、特に問題は無いという姿勢を取り始めています。
アメリカ本土に届くような長距離ミサイルでなければ、北朝鮮がミサイルを保持しても別に問題は無いという発言は、安倍首相にとっては衝撃的な発言だったと想像します。それは、アメリカの軍事力を背景に、北朝鮮への圧力を行使することが困難になったということです。
更に、韓国の文大統領は朝鮮戦争の終結と遠い将来韓国と北朝鮮の統一という理念を掲げ、現在、政策に取り組んでいます。勿論、二国の統一など簡単に出来ない事情は存在していますが、そういった方向に大きく舵を切ったのは事実です。
朝鮮戦争の終結は、在韓米軍が朝鮮半島から撤退するということに繋がります。このことは、これまでのように韓国が北朝鮮の防衛ラインにならないことが、将来訪れることを示唆しています。つまり、日本本土まで防衛ラインが下がるということです。
しかし、これも実は幻想に近い話なのです。アメリカ国防総省の発表では、二千十八年九月末の時点で、在韓米軍の人員は陸軍一万七千二百人、空軍八千百人など計二万五千八百人とのことです。
これに対して、韓国軍の総人員は六十二万五千人(英国際戦略研究所発行の『ミリタリー・バランス2019年版による)。うち陸軍が四十九万人、空軍が六万五千人、海軍が七万人。つまり、朝鮮半島もアメリカ軍ではなく、韓国軍が防衛しているということになります。
勿論、韓国も日本同様に核兵器は所有していないため、核戦略に関してはアメリカの核の傘に入っているわけですが、通常の戦闘に関しては韓国軍主導の陣容であることは間違いありません。
だから、朝鮮戦争が休戦から終結となった場合、在韓米軍が撤退したからといって韓国の国防に関しては、特に、大きな問題が生ずることがない現実があるのです。
確かに、核兵器を所有し、ミサイル搭載により、近隣諸国に脅威を与えている北朝鮮ですが、もし、核兵器を使用した場合、アメリカ軍によっての報復攻撃で、国土が完全に破壊される恐れがある以上、脅しとして有効であっても、兵器としての有効性は疑問というのが、軍事専門家の共通認識のようです。
核にのめり込む余り、通常兵器が旧式で、韓国軍との軍事力の差は圧倒的である北朝鮮を前に、韓国軍の間では、米軍が指揮権を有している現状に批判的であり、文大統領は、二千二十二年までに統制権の移管の実現を目指しているとのことです。
そして、この六月三日に、米韓国防長官会議で移管後は米韓連合軍の司令官に韓国の大将が就任することが確認されたとの報道がありました。
つまり、これを米軍が受け入れたということは、米軍は本格的に韓国国内から撤退という構想がアメリカ政府によって認められたということを意味していると考えても良いのではないでしょうか。
ただ、あくまでも通常兵器による戦闘だけであり、北朝鮮が自暴自棄になり核ミサイルをぶっ放すという非常事態となれば、韓国軍に核ミサイル防衛は不可能ということで、最終的には米軍の核攻撃により北朝鮮が制圧される事実は変わらない以上、韓国とアメリカとの軍事同盟が無くなるシナリオは無いと思います。
しかし、韓国軍が統制権を握ることで、日本との関係は大きく変化することは間違えないことと思います。現在、問題になっている日韓の軍事情報包括保護協定(GSОMIA)にも、今後大きく影響を及ぼすものと思われます。
いずれにしても、冷戦後の東アジアの安全保障環境は大きく変化していることはご理解いただけたと思います。そして、その大きな特徴は、一つはアメリカ軍の東アジアにおけるプレゼンスの低下です。アメリカ軍の規模縮小により、日本においても韓国においても、米軍の軍事力は冷戦終結後、暫時、減少傾向にあるということです。
もう一つは、中国の軍事大国化が急速に進み、かつては中国に対して軍事の技術的協力をしていたアメリカが、自国の安全保障の脅威から、中国と対立する構造が顕在化しているということです。
これは、トランプ大統領就任前より、アメリカ国内では大きな問題となっており、共和党、民主党といった党派を問わず、中国脅威論は、アメリカの政治家たちにも強く意識されていました。
更に、トランプがアメリカ大統領になり、世界戦略よりも自国ファーストへと軸足を傾けたことで、冷戦中には存在していた東アジアにおける米軍の軍事力を背景にしたパワーバランスに揺らぎが生じているということです。
そして、その揺らぎを一番真面に受けているのが、日本だということです。しかも、この現実を、わたしたち日本人は出来るだけ見たくないために、目を背けようとしているのです。
前にも書きましたように、韓国の文大統領が述べているように、朝鮮戦争が終結し、その後、アメリカ軍が朝鮮半島から撤退し、更に、北朝鮮との間に経済的協力関係が構築されていくなら、これまでの米韓日軍事同盟は、当然、消滅していくことになります。
あくまでも、米韓日軍事同盟は、朝鮮戦争が継続しているという事実に基づき、締結されてきたわけですから、それが無くなれば継続する理由も消滅するわけです。
そういう意味で、今回の韓国国内の日本への反発は、彼らの意識が変化しているということの現れに思えるのです。それに対して、残念ながら日本人の方は、「冷戦眼鏡」を外さず、従来通りの価値観で眺めており、新しい現実を理解できていないのかも知れません。
しかし、現実は、わたしたち日本人の現状認識とは裏腹に、アメリカ軍は東アジアの安全保障について、当事国同士で解決させようといった路線に踏み出していることは間違いないようです。
この文章を書いている途中に、トランプ政権で、対外的強硬路線を主張していたボルトン大統領特別補佐官が、トランプにより罷免されたというニュースが世界を駆け抜けました。
これまで北朝鮮、イラン等に対して強硬路線を主張していたボルトン氏が職を解任されたことで、北朝鮮を巡る情勢は大きく変化する可能性が出てきました。ほんの二年ほど前まで、アメリカの軍事力を背景に、厳しい制裁を主張して来た日本政府ですが、このアメリカ政府の変化で、これまでの戦略の見直しが求められています。
最後に、もう一つ重要な数字をここに書いておきます。韓国の陸軍は四十九万人。米陸軍の総兵力は四十七万六千二百人。韓国軍の方がアメリカ軍より人数が多いのです。(これは韓国軍の方がアメリカ軍より戦力が大きいということではありません。あくまでも兵士の数が韓国の方が多いという事実を申し上げただけです。)
それは、現在も朝鮮戦争の休戦ラインが北緯三十八度線に引かれているからなのです。休戦ということは、いつ戦端が開くか分からない準戦時体制下にあるということです。
わたしは、全ての日本人が、こういう韓国の置かれている現実もしっかりと見極めた上で、アメリカに盲従するといったスタンスを止め、現状を冷静に分析し、これからの東アジアの安全保障について、国民全体で議論する時に至ったのではないだろうかと考えています。 (了)
参考文献「アエラ19.8.26 NO38号より『米軍は日本を守らない』」
「アエラ19.9.16 NO41号『在韓米軍撤退あり得る』」軍事ジャーナリスト田岡俊次
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