(1) 今の世界の基本的課題
人間とはどのような存在なのかという問いに、だれでも一度は向き合うものだと思う。こうした人間観の問いは漠然としすぎていて、明確な答えはないようにも感ずる。しかし、この問いは、古来、神話、宗教、形而上哲学などのメインテーマであった。そして、社会全体の運営は、この問いへの答えに基づいて行われてきたことに留意するべきだと思う。例えば、天皇制、さまざまな身分制度、禁止行為や刑罰の規定などには、その時代時代の人間観が踏まえられている。このような伝統的な人間観の特徴は、因習的、閉鎖的、絶対服従的などであり、個人の尊厳のようなものはほとんど認められていなかったことである。
しかし、十七世紀のヨーロッパにおいて科学革命が起き、自然界を様々な現象の因果関係として理解する視点が獲得され、近代社会が始まった。それまでの自然界の意味を問う呪縛から解放された人々は、科学技術と産業経済社会の発展に邁進した。
さらに、科学革命は、一人ひとりの人間が、世界を客観する能力をもつことを認め、一人ひとりの人間の基本的人権、自由、平等などを基本原理とする民主主義の思想をもたらした。近代国家の憲法が、こうした民主主義に基づくものであることは広く認められているところである。
一方、近年の科学技術は、生命科学、宇宙物理学、デジタル技術など、指数関数的に発展し、私たちの社会生活の便利さや快適さを一変させつつある。
しかし、他方、資源の大量消費に伴う地球環境の異変、人間社会の経済格差の拡大、民主主義の受け入れ度合いの時間的空間的ばらつきなどに起因して、他の生物の存亡にも深刻な影響を及ぼすほどの混乱をもたらしている。私たちホモサピエンスは、人間観 (芸術における美意識も含まれる) を共有することによって、社会の安定と秩序を作り上げ、今日の高度な文明を構築することができた。今日、人間とはどのような存在なのか、今一度、根本から見直すことが要請されているように思う。憲法改正も叫ばれる今の日本は、率先し、こうした課題に取り組む機関を設けるなどして、世界をリードすべきときではないかとも思う。
(2) 生物の意志と量子
私たちが存在するこの宇宙は、138億年前のビッグバンという現象によって生まれ、その後、インフレーションによって加速度的に膨張し続けているといわれる。はじめは水素やヘリウムといった単純な原子のみであったが、それが宇宙の晴れ渡りとかを経て、超新星爆発などが繰り返され、炭素や鉄といったさまざまな元素が生成された。そして、それらの元素がブラックホールから吹き出されるジェットによって宇宙空間にほぼ均等にかき混ぜられたという。
そして、太陽系のハビタブルゾーンに存在する地球という惑星に集められたそうした元素から、熱水や雷放電などを通して有機化合物が生成され、それが原始生命につながったとされている。さらに、おおまかにいえば、ミトコンドリアと膜生命が合体し、単細胞生物が作られ、次に多細胞生物が生まれ、哺乳類が登場し、私たちホモサピエンスへと進化したようである。
こうした物質的なハードウェアとしての形成過程は、そうかなという気持ちにもなるが、なぜ環境の状況をセンスし、その変化によって自らを適応させ、子孫を作り出していくような意志というソフトウェアが生まれたのか腑に落ちないでいた。
しかし、最近の量子コンピュータで言われる、0と1とその重ね合わせの常態とか、量子もつれとか、量子同志の遠隔作用とかのことを聞き、さらに、量子コンピュータでは既存の方式のコンピュータでは膨大な時間のかかる最短経路検出といった問題も瞬時に解かれるいったことを聞くと、なにか量子のなかに、そうした意志的なソフトウェアの基本原理のようなものが存在しているのではないかという気さえしてくる。そして、今後、現在注目されている人工知能の深層学習の技術などと融合されるとき、人類は、まったく新たな次元の世界に踏み込んでいくような気持ちにもおそわれる。
そうした暁には、人間同志の不信感とか、恐怖とか、そういった課題までも、人工知能的なものにその解決を委ねることになるのであろうか。
もう少し具体的な例で言えば、生き物は、自己の生存のための食糧を確保するために縄張りを持つ。そして、そこに侵入してくるものが現れたら、それを追い出すために必死に戦う。しかし、侵入してくる方も食いっぱぐれないためには、侵略するしかないという状況にあれば、こちらも必死に戦い相手から奪うしかない。これは人間でも全く同じである。
貿易戦争も自国の産業を維持するための戦いであり、移民を受け入れるかどうかも、貧富の拡大を解消しようとするのも、民主主義の理念をどこまで受け入れるかという姿勢のあり方も、すべて本質的には同じ問題であろう。
私たち人類は、宗教、憲法、法律、芸術、哲学などを構築して、こうした相互不信を解決し、みんなで平和に生きていくことを指向してきた。しかし、こうした課題の解決は、今日のグローバル化した世界において、まして、地球温暖化のような複雑な利害が絡み合う状況においては至難の技である。
量子コンピュータと人工知能に、こうした課題の解決を委ねる時代がいつか来るのであろうか。その時、人間とはどのような存在になっているのであろうか。
(3) 今年作った俳句
今年一年間に、下記のような俳句を作った。無季語、川柳的なものもある。
多少とも、自分の思うところを表現しているようにも思っている。
・早春のあたたかき陽に老いみつめ
・早春の浅き眠りに老い深む
・昭和史に二二六の雪の朝
・昭和には人間天皇帽子ふり
・団塊も昭和とともに過去完了
・平成の三・一一山河哭く
・なまはげや出刃と雄叫び雪の夜
・なまはげにおびえる子らのいじらしさ
・来訪神登録遺産面映ゆく
・松明けや整理し部屋の崩れゆく
・松明けの体重悩む平和かな
・松明けのサンデー毎日居場所問ひ
・松明けの妻と朝餉の静かさや
・風に舞ふ落ち葉の音のしむ身かな
・切り干しに江戸の賑わい日本橋
・切り干しの湯に漬かるごと座のなごみ
・冬茜遠いパノラマ小さきわれ
・帰らざるおもひかさねし冬茜
・生きている意味は分からず死にもせず
・つきささる朝の寒さに老い思ふ
・自由すぎ起床時間の決まりなし
・時流れ気持ちのかども丸くなり
・十連休新緑匂ひ道みごむ
・新緑に令和はじまる余生かな
・新緑に黙し祈りの古仏たち
・令和とてさわぐ浮世にさめるわれ
・雲うつす湿原に蝌蚪黒き群れ
・戯れに蝌蚪掬ひし手皺深く
・蝌蚪狙ふ大山椒の子ぎこちなく
・風和みドア開け放す五月かな
・老ひ深むことしもめぐる五月の陽
・今生の別れ想わす五月の陽
・陽水の五月の別れ遠く鳴り
・手作りの梅干し茶請け過疎の村
・人面の梅干し見つけ父想ふ
・地球号おもかじいっぱい春に向け
・春光に津波の遺構静まれり
・早朝の新聞受けに春陽満ち
・春ひかる夕張岳の湿原に
・花びらの流れ渦巻く朝の道
・死のくにに誘うがごとし花ふぶき
・花びらの敷きつめられし雨の道
・帰郷せぬ毛馬蕪村碑にビール置き
・危うさやこころひとつと騒ぐ世の
・カネ余りどこのことかと空仰ぐ
・高層階個室に入れば宇宙人
・静寂の信号消えし交差点
・夏の雲空にくっきり輪郭線
・おかあさーん八月の空遠くから
・阿蘇夏野子連れの牛の草を食む
・静かさに戦車朽ちゆく夏野かな
・ノモンハン塹壕埋む夏野かな
・生きすぎて戸惑う人や夏の雲
・静かさや夏野にうなる光合成
・古池や浮かぶ花弁に蟻二匹
・足もとの蟻を踏み避け生思ふ
・緑陰のひかり濃淡万華鏡
・結い上げし黒髪凛々し夏女
・奈落へと引きずりこまる老ひごこち
・梅雨の朝街路のみどり輝けり
・屋形船連句に興ず旦那衆
・街電車みどりに染まり走りゆく
・夏くれば海の蒼さに波の音
・待合所人それぞれの夏姿
・夏空に旗たて旅行者声高く
・待合所半袖ならぶ新幹線
・バッグ引きそろい半袖旅行団
・電線の夏雲を断つ静かさや
・国東の古代の田にも今年米
・翼竜や秋の雲間を滑り飛ぶ
・鉄骨を吊るすクレーンや秋の雲
・秋の風広がる額すべりゆく
・それぞれの終活事情秋の風
・秋の陽を反射す額また広く
・秋空に終活思案まとまらず
・仰向けの蝉の見つめる虚空かな
・地表には巨大ひとつ目野分行く
・地下タンク野分の水を捌きけり
・学らんの大根踊りや青き空
・大根のはっぱ広げしヘアかな
・大根の磨かれし艶パリ画風
・ママチャリの荷台の大根夕陽受け
・昼呑みに大根おでんつまみけり
・大根に網タイツ着せフェティシズム
・アラーキー萎び大根の美学かな
・チアガール大根踊りのどはくりょく
・神の旅此処も水没後ろ髪
・唄太鼓十津川踊り神の留守
・神の旅一神教ではさみしけり
・善く生きる問ひを背負いて神の旅
・こがらしに終活みすえよろけけり
・目黒川さくら並木も紅葉に
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