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第148号

2020年10月21日

【編集あとがき】

 

 浅田さんの論文=日本の社会は、江戸時代まで、幕府と天皇という世俗と聖の二つの権威が両立する社会として運営されてきたようですが、このことは、ヨーロッパ社会において、世俗の国王とキリスト教の教皇の二つの権威が緊張関係をもって併存したことにかなり類似した興味深いことだと感じます。中国では、皇帝が全てを決裁し、貿姓革命が容認されてきたということとの対比もおもしろいと思います。

 ヨーロッパでは、科学や民主主義という近代社会の基本理念の登場のあと、二つの権威は政教分離の方向に向かいました。伊藤博文らが、明治憲法、すなわち、大日本帝国憲法を作成するときに、まだ民主主義や政教分離のストレートには入っていなかったドイツ帝国の憲法を参考にしたことは注意すべきことではないかと思います。

 また、江戸時代の末ころから国学思想が登場し、「もののあわれ」といった天皇をトップとし自然崇拝を軸とする神道とは若干ニュアンスの異なるものが広まったことについても興味深く感じます。かなりうがった見方ですが、天皇家は、渡来系の人たちが構築した権威だとすると、そこになにかのわだかまりのようなものがあったのでしょうか。

 安倍元首相は、血統的にはかなりエリートの血筋であり、国学的な心情の継承として、かなり的を得ているのかもしれませんし、そうした関係の保守派陣営からのファンが多かったということなのでしょうか。

 日本の戦後民主主義は、敗戦によってもたらされましたが、日本人のそれまでに培われてきた心情とあまり違和感はなかったようです。その辺が天皇と国学の流れで、どのような違いがあるのかなど、よくわかりませんが、これからの日本社会の地球社会のなかでの立場を構築していく上で、無視できない点かもしれません。

 日本の社会に、保守と革新の二大政党制が成り立つのか、天皇制、国学思想、科学の受け入れなどの絡みもあり、難しい課題だと思いますが、踏み台として吟味していく価値はあると感じます。

 

 薗部さんの論文=戦争という異常性、非日常性にあふれた社会のなかで生きることの実態がよく理解できた感じがしました。そして、そうした抑圧され閉塞された社会から抜け出し、自分自身の眼で新しい希望を見いだしていくときの新鮮な気持ちも理解できたように思いました。それから戦後民主主義や高度経済成長のなかで、絵画や芸術の世界にもさまざまな潮流が起きたり消えたりしたのだと思います。そうした流れの結果としての今現在の状況をどのように位置づければよいのかも気になりました。

 宇宙が開闢し138億年、地球が誕生し46億年、生命が誕生し38億年、人類が誕生し700万年、ホモサピエンスが誕生し20万年といった時間軸のなかで、人の人生約100年を当てはめると、いかに瞬間的なものか分かる感じがします。これからも人類は、数千年、数万年、存続し続けるとして、今現在のわたしたちは、大きな時代のうねりもあれば、小さなうねりもあるなかで、自分の生きて存在していることにどのような意味があるのか振り返りたくなります。存在していることの奇跡に感動するだけで充分ということかもしれませんが、意味や価値を探究しなくてはすまない人間の性を不思議とするというかもしれません。

 


「負けること勝つこと(104)」 浅田 和幸

「問われている絵画(139)-絵画への接近59-」 薗部 雄作

「地球社会のこれから」 深瀬 久敬

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編集発行:人間地球社会倶楽部

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