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第153号

2022年1月4日

「問われている絵画(144)-絵画への接近64-」 薗部 雄作

 

 

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ゴーギャン オタヒ(ひとり) 1893

 

 そんなどこか変わったところのあるゴーギャンではあったが、画家ピサロには、すぐに親しみを感じたようである。どこかで偶然聞いた、ピサロが誰かと話しをしていたときの言葉が、かれを引きつけたという。「少しも優越感を誇ることのなく、明晰という真の大家がもち合わせている大きな美徳をもっている言葉が、突如、自分の道を照らしてくれたように感じ」そして「自分が解放されたように思えたのである」と。

 

 株式仲買人ゴーギャンは、夏の休暇中にポントワーズに住むピサロのそばで一緒に写生をして過ごす。ピサロの友人セザンヌもポントワーズに住んでいる。ゴーギャンはこのセザンヌに注目する。そして非常な興味をもって「この<エクス アン プロバンス生まれの人間の>の探求心に心をよせる……このセザンヌという人は何と神聖な画家だろう……かれは、たえず大オルガンで奏でる」と。

 

 しかしゴーギャンは株式仲買人の仕事で「たえず絵を中断しなければならない」そのために「非常に烈しい、いらいらに捉えられる」そして「この芸術と務めの分割に疲れてくたくたになる。」

 ゴーギャンはたまたま「行きずりのあるデンマーク画商に一枚の油絵を売ったばかりである」この画商は「自分の同国人たちに対し印象主義を援護することを保証する」という。

 ゴーギャンは思う「絵の世界でも、株式市場でと同じように、たちまち成功するに違いない」と。

 

 ゴーギャン自身の『手紙』やペリュショの『ゴーギャンの生涯』を読むと、たしかに、内なる深層から呼びかけてくる、この<得体>のしれない<美>の声に引き寄せられ、少しずつ思わぬ方向へ……それまでの一般生活者としてのコースからそれて、おそらく、予想よりも、はるかに困難な状況のなかへ、ぐんぐんのめり込んでいく。

 ゴーギャン自身も、画家の生活がこれほど厳しい…経済的に…ものだとは、思っていなかったかもしれない。みずからも、かつては気に入った作品を買っていたように、よい作品でさえあれば、それそうおうに買う人が現れるのではないか、と。しかし事実はそんななまやさしいものではなかった。

 

 いったい、美とは何なのだろう。詩人リルケは『ドゥイノの悲歌』のなかで「美は恐ろしいものの始めにほかならぬ」といっている。そして「私らは辛うじてそれに耐え/そして私らがそれを讃えるのも/むしろ私らを打ち砕くにも当たらぬと/それが冷酷に突き放しているからにすぎぬ」と。

 

 ゴーギャンが直面したのは、おそらく、美と生活との相克であろう。両者は相反するからだ。美の方にのめり込めば、生活の方はおろそかになる。生活の方にエネルギーをそそげば、美の方がおろそかにならざるをえない。相反するものを簡単に和解させて両立することは難しい。人間の持てるエネルギーの総量は変わらない。にもかかわらず、一方的に美の創造に身を傾ければ、必然的に生活のために費やすエネルギーは減少する。双方の折り合いはきわめて悪い。美の生産…創造にはさしあたり報酬がない。にもかかわらず、制作にのめり込んでゆくゴーギャンの生活は逼迫する。

 

 株式仲買人あがりの新進画家の作品を次から次へと買う人はいない。名声ある画家の場合には、あるいは、そういうこともあるかもしれない。しかし、ほとんどの画家の場合は、まずそのような悪条件のなかから出発する。ゴーギャン自身も、そのことに対しては、あまり深くは考えていなかったのかもしれない。よい仕事…作品さえ描けば、それを売ることによって、生活も何とかなるように思っていたのかもしれない。しかし事実はまったく違った。仲買人あがりの新進画家の作品が、そう簡単に次々と売れるということはなかったのだ。

 

 たしかにセザンヌの場合も、芸術と対社会の問題は重くのしかかってきてはいた。しかしそれは、売れゆきの問題ではなかった。経済的な問題に関しては、比較的安定していたようである。父親が銀行家であったということもあろう。そこにはいろいろ葛藤や軋轢はあったかもしれないが……絵画制作という実利にはほど遠い仕事に対する、実務家による当然の反対があったかもしれないが、ともかくは、ほそぼそとではあっても援助は続けられていたようである。さらに遺産というものがあった。

 

 

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ゴーギャン イア・オラーナ・マリア(マリアを拝す) 1891

 

 

 

「負けること勝つこと(109)」 浅田 和幸

「地球社会の現状認識」 深瀬 久敬

【編集あとがき】

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編集発行:人間地球社会倶楽部

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