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第154号

2022年4月10日

【編集あとがき】

 

 浅田さんの論文=わたしの理解では、共産主義はそのイデオロギーを実現する権力をもったリーダーや政党が権力のトップに君臨し、人々の平等の実現を標榜はしますが、自らの価値観や意味論に反するものは排除し、基本的に人々の自由や多様性に開かれたものではないと思います。

 そうした権威主義のトップが権力を行使し善政を行い大多数の人々の安定した豊かな生活を実現させたとしても、それは人々の自由を抑圧している訳ですから、近代民主主義とは隔絶したものだと言えます。

 中国の復旦大学の学生もそうですが、権威主義であっても、人々に善政をしいて、民衆のことに充分配慮してくれるのだから、それは民主主義と言ってよいのだという論理のようでしたが、これは基本的に間違いだと思います。

 ロシアはエリツィン大統領のときに、社会混乱が拡大し、人々は生活に苦しみましたから、権威主義の独裁に戻ることを指向したのだと感じます。今現在においては、反プーチンや戦争反対の声はいろいろある訳ですが、プーチン政権はそれらをひたすら弾圧する姿勢を貫いているようです。

 権威主義体制は、その権威に逆らうものには容赦ない弾圧を加えるところがとても恐ろしいと感じます。中国、北朝鮮、ミャンマーなど、そうした国々は少なくないようです。

 大阪市立大学の齋藤幸平准教授は、地球温暖化などの環境問題はマルクスの資本論のような思想によって対応可能だという論理を展開しているようですが、新型コロナ感染症対策に一党独裁体制の中国が最もうまく対応しているのだという論理と近いのではないかと感じます。マルクス自身は自分の思想が権威主義と結びつくとは考えていなかったとは思いますが。

 

 薗部さんの論文=人間は、自分のこころのなかに思い浮かんだイメージに感動するとき、それをなんらかの形に表現し他者と共有したいと願います。そのとき、それを表現するためにはどのような切り口や手段が適当なのか思案するでしょう。しかし、円滑な共有のためには、それらは既存のやり方を使う必要があり、そのためになんらかの表現上の制約を受けることになります。しかし、それでは自分の思いは伝えられないと考えれば新たな切り口や手段を自ら工夫し導入する必要があります。そうするとコンテンツは適切に表現されたとしても、それを理解してもらうには時間がかかるようにならざるをえません。

 こうした試みは、権威主義の社会と近代民主主義の社会でも異なる要素が影響するのではないかと思います。こうした点も含めて、こうした課題は永遠に続くのではないかと感じます。

 余談ですが、アインシュタインは、時間、空間、重力の関係を相対性理論として数式で表現しましたが、ここではリーマン幾何学との出会いが幸運だったと感じます。相対性理論と量子力学を統合するためには、新たな数学が必要なのかもしれません。また、植物や動物は、私たちの想像を超えたコミュニケーションの仕方を活用している可能性もあり、それはどういうものなのかも今後の研究課題のように思います。

 まだまだ未知の領域は、無限に広がっていると思うべきなのでしょう。人間の謙虚さが問われているとも感じます。

 


「負けること勝つこと(110)」 浅田 和幸

「問われている絵画(145)-絵画への接近65-」 薗部 雄作

「近代民主主義への歩み」 深瀬 久敬

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編集発行:人間地球社会倶楽部

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