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第158号

2023年4月20日

「問われている絵画(149)-絵画への接近69-」 薗部 雄作

 

 

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『MEDIA』より 写真・戸田ツトム+濱浦恵美子

 

 

 天気さえよければ、わたしは、ほぼ毎日、用事もかねた簡単な散歩? のようなものをしている。住んでいるのは築三十数年になる中高層の集合住宅街であるが、そこには樹木も多く、それらが生い茂って、ある場所では鬱蒼した、まるで森の中を歩いているかのような気分になるところもある。その一角にほそ長い小さな公園もあり、そこにはコンクリートで囲われた小さな池に噴水が吹き上げている…というより、ささやかに水があふれ出ている。周囲には様々な樹木が植えられているが、とくに目につくのが、二本の大きな《くすのき》だ。常緑の葉がこんもりと丸く茂っている。幹の直径はIメートルはあると思う。その《くすのき》の回りは、板で囲われていて、そこには人が座れるようになっている。

 わたしは、散歩のコースで、そこにくると、その板の上に座って一休み、ということになる。公園のすぐ前は広い道路になっているので、たえずバスや車が、また歩道を人が行き来している。そんな光景を漠然と眺めているのだが、そんなとき、なにげなく、ふと足もとの地面に目がゆくことが、よくある。足もと…地面にはレンガがひき詰められていて、そして必ずといってよいほど、いつも四・五匹の蟻が動きまわっている。しかし、そのときは、なぜかたった一匹であった。そのたった一匹の蟻が、まるで右往左往しているかのような、あの蟻の動き方で、まるで行く先がわからなくなって、同じ場所をぐるぐる徘徊しているかのように見えたのであった。だから、わたしは、この蟻は、仲間から外れて、迷子になり、行く先がわからなくなって、一匹で右往左往しながら、行く先の方向をまさぐっているのだろうか、と思ったのであった。近くには蟻の巣のようなものは見当たらない。あの蟻は、いったい、どのようにして自分の巣へ帰ってゆくのであろう、と気になったのであった。

 よく見かける少し大きめの蟻であるが、蟻の動きかたは、一直線に進むのではなく、右に左にと、まるで右往左往するかのように、あるいは、あちこちまがりくねるようにしながら、何かを探しているかのようにして、ある範囲を動きまわっていることが多い。しかし、いつもは四・五匹のグループが目の前の視野のなかを動きまわって…あるいは何かを探しながら動いているのであったが、そのときは、なぜか、たった一匹であった。十二月にも入ってだんだん寒くもなってきた。あるいは、そんな寒さのなかで、しぜんにそんな気持ちにもなったのかもしれない。

 

 『青い鳥』の作者…メーテルリンクに、昆虫の生態をあつかった『蜜蜂の生活』『蟻の生活』『白蟻の生活』という三部作がある。そのなかの『蟻の生活』によると「蟻の一匹一匹は、単体として動きまわっているが、それぞれは《全体》という個体の一部である」といっている。すなわち「蟻塚はただ一つの個体と考えるべきであろう」と。そして「この個体を構成している各細胞は、われわれの身体を構成している約60兆の細胞のように一塊の密集ではなく、分離し、散乱し、固形化されその一つ一つは独立した外形を呈しているが、いずれも中心になっている同一の法則に服従しているのである」といい「ここには、現在のわれわれには漠然と理解されていない、電磁気やエーテル、あるいは心霊といった作用の回路が、いずれ発見されるだろうという予期せざる光景がある」と。

 

 体の大きさでは、人間とアリでは極端にちがう。しかしメーテルリンクはいう「生命の神秘に大小すべてが同じレベルにあり、同じ高さをもっている」そして「広大な夜空を仰いでいる天文学者も、小さなアリを相手にしている昆虫学者も、ともに同じ主題を同じ理由で追求しているのである」と。「諸科学にヒエラルキーはない。蟻類学もその一つであり、しかも対象が遠すぎるために、悲劇的で絶望的な難題を抱えている多くの他の科学よりも、はるかに近づきやすい学問である」。そして「見方によってはとるにたりないアリの巣こそ、われわれ人間の運命の縮図であり、太陽系の何千倍もより大きな数百万の天体がひしめく銀河系外星雲の途方もない球状団塊よりも、ずっと興味深いのだ」。さらに「地上においても天界においても、自然の奥深く秘められた意思に変わるところはない」そして「その秘密を解明するためには、アリの巣の方が、より早くより有効な手がかりを与えてくれるだろう」と。

 

 

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ハップルの最深宇宙像、現在可視光で見ることが可能なもっとも深い宇宙の姿。
『ハップル望遠鏡が見た宇宙』岩波新書

 

 

 

「負けること勝つこと(114)」 浅田 和幸
「民主主義は権威主義に勝てるか」 深瀬 久敬
【編集あとがき】
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編集発行:人間地球社会倶楽部

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